よろず部屋

□君達と話がしたいのです。
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月島サンは、『大学在学中に起業を成された社長さん』なのだそうです。それがどう云う意味なのか私には判りませんが兎に角、月島サンは朝お仕事にお出掛けして、夜遅くに帰ってらっしゃいます。

山口サンはずっとお家にいらっしゃって、家の中の事をなさっています。月島サンや私のご飯を用意して下さるのも山口サンです。

山口サンは、高校時代迄はとてもお元気で、部活のバレーって云うものにも勤しんでいらっしゃったらしいのですが、大学在学中にお倒れになり、その時に先天性の心臓疾患が見付かったのだそうです。「だから、僕の奥さんになって貰ったの」月島サンは、そう仰ってました。私は、『高校』も『部活のバレー』も『大学』も『先天性の心臓疾患』も判りませんけれど、山口サンがご病気なのは判ります。

いえ、実際に山口サンのご加減が悪くなったのを目にした訳では無いのです。…ですが、月島サンの、山口サンへの接され方を日々拝見していれば、判ると云うものです。

月島サンはご帰宅なさるとまず、山口サンのお顔を…顔色を確かめます。それから言葉で今日一日の体調をお尋ねになります。山口サンが異常が無い事をお答えになると、今度は私にそれを確認致します。これは、月島サンがお休みの日以外の、ほぼ毎日の事です。偶に、出張とか接待とか云うものでお帰りになられない時もあるのですが、その場合はお電話で山口サンに同じ事をお訊きになります。勿論、お電話向こうの月島サンのお声は聞こえないのですが、山口サンのご返事と、更には山口サンに受話器を持たせての、私にもいつもと変わらぬ質問をされればそれは察せられると云うものです。最初の頃は、奇妙な形のものから聞こえる月島サンの声にびっくりして逃げてしまった私ですが、今では慣れたものです。ちゃあんと「山口サンは元気です」とお伝え出来るのですよ(えっへん)。

私が来る前はどうしていたのですか?

私にも必ず確かめる月島サンに、一度尋ねてみた事があります。

そうしたら、月島サンはにっこりと笑って、「本当にユエが来てくれて良かったよ」と仰られました。それは答えにはなっていませんでしたが、その時の月島サンの笑みは、……そのぅ……ちょっと、……微妙な迫力がありまして、私は二度とその質問はしない事を心に決めました。(ぶるり)

あ、少し、話がズレました。つまり、私が理解しているのは、月島サンがとても…とても、山口サンのお身体の事を心配なさっている、と云う事です。

山口サンは、少し、無理をして笑います。「俺は心臓に爆弾抱えちゃったからね」そう、言います。『爆弾』を私は知りません。けれど、ソレは何処か怖い響きです。恐ろしいものである事が判ります。

それは。恐らく。きっと。

不意に扉の開く音がして、玄関へ向かう誰かの足音が聞こえました。

誰か、は月島サンです。

「ユエ、駄目…!」

月島サンや山口サンがお出掛けの時、私はいつも一緒に玄関へと向かいます。そのいつものお見送りをしようとした私は、慌てた山口サンに後ろから抱き上げられました。あ!そうでした!私、月島サンに寄っちゃ駄目って言われて居たのでした!

「ツッキー、今から病院行って来るって」

そう仰った山口サンは、私に四角くて平たいものを見せてくれます。『スマホ』とか云う機械です。知ってます。電話と同じように、離れた方とお話出来るものです。それだけでは無く、『文字』とか『画像』も送れるのだそうです。私に画面を見せたと云う事は、月島サンは山口サンに『文字』を送ったのでしょう。

私は『文字』が読めません。月島サンが山口サンにどんな言葉を送ったのかは判りません。だから、私が判るのは、山口サンがとても寂しそうだと云う事だけです。山口サンは私を気遣って笑って下さっていますが、判ります。

同じ家に居て、声だって届く距離にいらっしゃるのに、直接の言葉を掛けて貰えないのは哀しい事です。山口サンがお可哀想です。

…けれど、月島サンのその行動の意味も、私は判るのです。月島サンは恐らく、あの割れたお声を山口サンに聞かせたくないのだと思います。聞けば、山口サンは必ず心配なさるから。

私だけではありません。きっと、山口サンも判ってらっしゃいます。私なんかよりずっとずっと長い時間をお二人は一緒に過ごしたとお聞きしています。


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