幻想記

□深夜のお茶会
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ただそこに在るだけで威圧感を与える物は、時として存在する。

例えば、今ゼルの目の前にある館。
紅魔館と呼ばれるその洋館は吸血鬼レミリア・スカーレットを主とする。
幻想郷に来たばかりの頃ゼルはこの館に迷い込んだ事があった。
そしてその時に多分少しでも運が無ければ恐らく今こうやって生きてはいなかったであろう体験をした。

「……今でこそ、笑い話なんだろうけどさー」

今ではお得意様の一つではあるが軽くトラウマになったのは言うまでもない。

脇に抱えた紅茶の茶葉の入った箱を見てから小さく溜息を吐いた。

「さて、お届けしますか」

そう呟いてから、ゆっくりと歩を進める。








しばらくすると大きな門が見え、その前には門番である紅 美鈴が立っていた。

美鈴はゼルを見つけると笑顔で手を振った。

「宅配屋さんこんにちわー」

「こんにちわ、ちゅ「紅 美鈴です!」

「……こんにちわ、めーりんさん」

「はい、こんにちわ」

以前美鈴の事を「中国さん」と言ってからかっていたのを根に持っているらしい。

「めーりんさん、私に名前の事をとやかく言う前に自分はどうなんですかー?」


「あはは、ごめんなさいゼルさん」

「はい」

満足そうに微笑みながらゼルが頷く。

「今日はお仕事ですか?」

ゼルの脇に抱えられた小箱を見ながら美鈴は呟いた。

「えぇ、紅茶の茶葉をお届けに」

「咲夜さんが言ってましたよ?『取りに行く手間が省けて助かる』って」

「それがお仕事ですからにー。毎度ご利用ありがとうございます…と、そう言えば」

「はい?」

「咲夜さんに好きって言いました?」

ゼルは以前、美鈴から紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の事を好きな事について相談を受けた事があった。
もっとも、ゼルには恋愛経験なんてなかったし、誰かをたまらなく好きになった事もなかったので(友人としてなら別だが)話を聞くくらいしか力になれなかったが。

「いや〜…その〜…」

「……意外と押しが弱いんですねぇ」

困ったように笑いながら言葉を濁す美鈴を見てゼルは溜息を吐いた。

「あはは…」

「まぁ、どうしようと美鈴さんのお好きなように〜、ですがあんまり一人で悶々するのもどうかと思うさ」

「そう…ですよねぇ」

誰かを好きになるとこんなに臆病になるのだろうか。
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