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□lovely cafe
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「お帰りなさいませ、旦那様」

そう言って、巧がぺこりとお辞儀をした。
黒の蝶ネクタイに黒の燕尾服が巧の白い肌をより一層際立たせている。
巧には黒と白のモノトーンがよく似合う。
口の端に笑みを浮かべ、顔を上げた巧は薄い銀縁のめがねをかけていた。

ここは、岡山市内にある喫茶店。
そこで巧はアルバイトをしている。
バイト代はなんと時給1800円。
普通のバイト代の約2倍である。
なぜ、そんな破格のバイト代なのか?
答えは一つ、ここが執事喫茶だからだ。

巧が俺を奥のテーブルに案内する。
案内する間も、他のテーブルの奴がチラチラと巧を見ていた。
全く気に食わない。

「旦那様、何を召し上がりますか?」

いつもの巧にはありえないほどの丁寧な口調と極上の笑顔。

『アルバイトとはいえ………やりすぎじゃ、巧!!』

他の客にもこんな笑顔を向けていると思うと、彼氏としては気が気じゃない。
それでなくても巧は人目を引く存在なのだ。
巧にこのバイトのことを告げられたのは一週間前。
原田家は今青波の病状の悪化によりお金が必要らしい。
巧としては、野球の時間を削られたくなかったから時給の良いところを選んだのだろう。
しかし、豪としては多少キャッチができなくても別のところで働いて欲しかったというのが本音である。

『巧に辞めてくれって言いたいけど…女々しい思われそうじゃしなぁ…』

そんなことを考えているうちに、巧が注文したハンバーグを運んで来た。

「お待たせしました、旦那様」

巧がまたも極上の笑顔でお皿を俺の目の前に置く。

『また、そんなかわいい顔しおって…!!他の客に見られたらどうするつもりじゃ!!!』

よほど俺がしかめっ面をしたのか、巧はお皿を置いた後も俺の席をはなれない。
俺は機嫌が悪いことを隠そうともしなかった。
ムスッとした顔でハンバーグを食べようとフォークに手をかける。
すると、巧が俺の顔に手を添え上を向かせた。

「そんなに、気を悪くなさらないでください。今夜はサービスします、旦那様」

巧が耳元に唇を寄せ、艶やかな声で囁いた。

「なっ!!!」

あまりのことに言葉が続かない。
顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うんだろう。

「ふははっ!じゃあな、豪。今夜行くから」

それだけを言って巧は別の客の方に向かった。

巧のあほ!
でも、それで機嫌が直ってしまう俺の方がもっとあほじゃ…

急上昇した体温を下げようと、巧についでもらった水を慌てて飲み干した。


END

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