ハツカノ

□ハツカノ2
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その日は、なんだか一日中ぼうっとしていた。
授業中も上の空で、気づいたら今朝のことを考えている。

『あなたのことが、好きなんじゃ!』

真剣な面持ちで、自分に気持ちを伝えてきた永倉豪という男。
中学から女子校の巧にとって、生まれて初めての告白だった。
飾り気のない真摯な言葉が彼の必死さを物語っているように思われる。

「はぁ…」

知らずに溜め息が漏れる。
今日はなんだか変だ。
気づいたら彼のことばかり考えている。
授業がすべて終わっても、巧はまだぼんやりとしてた。
少し風にあたり気分を落ち着かせよう、そう思い屋上に向う。
ほとんど人がよりつかない屋上は、入学して以来巧のお気に入りの場所となっていた。
そしてそれと同時に……巧にとっては厄介な『ある先輩』のお気に入りの場所でもある。
細心の注意を払いこっそりと扉を開け、先客がいないかどうかを確認する。

『いないみたいだな…』

安堵した巧はそのままゆっくりと扉を開いた。
屋上に出ると、太陽の眩しさに目の奥がジリリと痛む。
心地よい風が頬を撫で、髪をさらう。

『気持ちいい』

ほてっていた身体全体が冷えていくのを感じた。
もっと風を身体全体で感じたい。
乱れた髪を直そうともせず、巧は屋上の奥へと向かった。

「なんや、姫さんやないか。こんなところでどうしたんや?」

「!」

突然の呼び掛けにびくりと身体が跳ねる。
その声は嫌というほど知っていた。
恐る恐る声のした付近に目をやると、屋上の奥まった場所、つまり入口から死角になった所に巧の苦手な先輩、もとい…瑞垣俊二がいた。
薄い化粧で丹精な顔だちを際立たせ、ミルクティー色に染めた髪を毛先だけゆるく巻いている。
新田女子高の中でも指折りに綺麗な3年生だ。
その俊二が立ち上がり、巧の顔を覗きこんでにやりと笑った。

「別に…用がなかったら屋上に来ちゃいけないんですか?」

「あらら、ご機嫌ななめやね」

そう言って、俊二が巧の眉間に指を置き上から下に撫でる。

「し・わ、できとるで…なんか悩んどるんやろ?」

思わず俊二の手を払い除け、自分の額全体を両手で隠した。
確信をつかれ、一瞬顔がこわ張る。

「しかも、恋愛沙汰ちゃうか?」

あまりのことに巧は言葉を失った。
今度は顔がこわ張るどころか身体全体が張る。
なぜこの人はこんなにも人の心理を読むのが上手いんだろう。
それとも、自分がわかりやすいだけなのだろうか。
巧は恨めしげな視線を俊二に向けた。

「…なんでもお見通しなんですね」

「まぁな、お前のそんな顔見たことないし、カマかけたら当たってところや」

にやりと極悪人そうな笑みを浮かべ、俊二が巧ににじり寄ってきた。

「そんなことより、お前の恋愛沙汰…めっちゃ興味あるわ。いいからお姉さんに話してみなさい」

そう言って、俊二は逃げられないようがしりと両手を巧の肩に置いた。

『瑞垣さんにだけは絶対に話したくない…』

俊二の喜々とした表情とは対照的に巧は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
しかし、話すまで解放してもらえないというのも今までの経験から知っていた。

『はぁ…』

大きく溜め息をつきたい気持ちを堪え、巧はしぶしぶ口を開いた。



「ふーん…なるほどなぁ」

「そもそも、話したこともない相手に好きだなんて言えるもんなんですか?…俺には、よく分かりません」

目の前の俊二にちらりと目をやる。
同性から見ても綺麗だと思える顔立ち。
些細なところにも女らしさが感じられる。
俊二なら、そう言われるのもわかるのだ。
見た目からして他の人よりも目を引く存在だ。
しかし自分には俊二のような華やかさもないし、女らしく着飾る様子もない。
なぜ永倉豪が自分に告白をしてきたのか分からなかった。

「まぁな、恋は事故みたいなもんやって言うからな」

「…事故?」

恋という甘ったるい単語とは、まったくかけ離れた位置にあると思われる言葉。

「そうや、突然訪れる事故みたいなもんや。避けようがない。思いもよらん相手を好きになる」

巧は眉間に皺を寄せ、俊二が言ったことを考えようとする。
が、やはりよく分からなかった。
恋をしたことのない自分には、理解できないことが多すぎる。

「とりあえず、そいつが本気じゃないなんて勝手に決め付けたんなや」

「はい…」

そう言った時、ふと俊二が校門の方を向いた。
何やらいつもより人が多い。

「なんや、えらいざわついとんなぁ……おっ!珍しい、新田男子高のやつがおる」

……新田男子高?

「あっ!」

そう言われて巧は今朝、赤い顔をして豪が言っていたことを思い出した。
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