ハツカノ

□ハツカノ3
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「永倉さん!遅くなってすいませんでした」

凄い勢いで走ってきた巧はそれだけを言うと肩で息をしながら、かすかに滲む汗をぬぐった。

「別に大丈夫じゃで。そんな慌てんでもよかったのに」

そう言って微笑むと、巧はぺこりと頭を下げる。
ほんとに律義な女の子なのだ。
豪としては、巧が遅れてきたことなどまったく問題ではなかった。
巧が早く来ていたとしても豪は待っている時間を永遠とも感じていただろう。
それほどまでにドキドキしていた。
それよりも豪にとっての問題は巧が名前を覚えていてくれていたことの方で。

『今、永倉さん言うてくれた…』

それだけで、女子高の前で待たされたというかなり恥かしい出来事もまったく気にならなくなる。
むしろ、少し沈んでいた気分はお釣がくるほどに急上昇した。
しかし、やはり女子高の前では豪は目立つ存在であり好奇の目を避けられない。
それに耐え兼ねた巧が、先を促すよう口を開いた。

「早く行きましょう」

自分が遅れて来たことなどもう忘れてしまっているかのように、巧は豪を置いて一足早く進み出す。

「そうじゃな」

そう言って豪が歩きだすと、少し先を行っていた巧はすぐに追いつかれ横に並ぶ形となった。
男と女ではやはり歩幅も足の長さも違う。
それでも、それを認めるのは巧にとって少し悔しい。
豪に気づかれないように少し早足で歩く。
しかしやはり差は開いてしまうもので。

『悔しいな』

男の子はどうしてこんなに背が高いんだろう。
歩幅が大きいんだろう。
隣りを歩く豪を見つめながら思う。
骨張った手が歩くたび揺れる。

『本当に、男の子は全然違うな…』

巧がぼんやりと半歩先を行く豪を見つめながら考えていると、今まで黙っていた豪が口を開いた。

「原田さん、何か飲まんか?」

気づくと新田女子高の近くの公園まできていた。
考え事をしていた巧はワンテンポ遅れて相槌をうつ。

「あ…、はい」

「原田さん、ほんま律義じゃなぁ。俺ら同い年なんじゃから敬語でなくてええんで。友達なんじゃから普通に喋ってほしいんじゃ」

豪はそう言ってにこりと微笑んだ。
巧も意識していたわけではなかったが、なぜだか敬語で話てしまっていた。
豪と話す時はいつも少し緊張して、すぐに言葉がでてこない。
そのため、気づいたら敬語で話してしまっていたのだ。
あらためて考えるとおかしな話だ。

「…うん」

伏し目がちに巧が答える。
すると、豪は安心したように軽く息を吐き出した。

「原田さん、なにがええ?」

「ミルクティー」

巧がそう言うと豪は自動販売機にお金を入れ巧のためのミルクティー、自分にはコーヒーを買った。

「はい」

そう言って巧にミルクティーを手渡す。
巧が受け取ろうとした瞬間、豪の指先と巧の指先が触れた。

ガシャン

「っ!」

豪の指先に触れた瞬間巧はまるで熱いものにでも触れたように手を跳ねさせたのだ。
あっと言う間もなく、冷たいミルクティーの缶は地面に落ち、表面の水分のため公園の土まみれとなる。
それを赤い顔で呆然と見つめていた豪は、はっとして巧の方に目をやった。
真っ赤になった顔を完全に付せ、豪と触れた方の手をもう片方の手で覆いかぶし胸元でぎゅっと握っていた。

『…警戒、されとるんじゃな』

そう思うと胸をぎゅっと握られたように苦しくなった。
それでも、巧に少しでも警戒心を解いてもらおうと柔らかな声をだした。

「…原田さん、缶あたって怪我とかしとらんか?」

そう言うと巧は弾かれたように顔を上げ、豪の目を見つめる。

「ごめん、俺…」

申し訳なさそうな巧の声。
自分でもこんな反応をしてしまうとは思ってもみなかったのだろう。
豪は無言で落ちたミルクティーの缶を拾いあげた。

「ちょっと待っといてくれんか?」

そう言うと豪は走ってどこかに行ってしまった。
鞄は置いて行ったのだから戻ってくるのは確かである。
それでも、巧は不安になった。
怒らせてしまったんだろうか?
巧にとって、男の子と触れ合うどころか並んで二人で歩くことすら初めてのことだ。
そのため手が少し触れただけで、過剰に反応してしまった。
缶を拾う前の豪の少し淋しそうな顔が胸にひっかかる。
やはり、豪が戻って来たら謝ろう。
そう思った瞬間伏せていた巧の目に豪の運動靴が写った。

「あっ…永倉さん」

そう言って上げられた巧の視線は、豪の手に持たれているミルクティーの缶へとひきつけられた。
さっき落としてしまった時についた砂はどこにもなく、買った時と同じ綺麗な状態になっている。
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