ハツカノ

□ハツカノ6
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「原田さん?」

豪が不審気に呼び掛けて来た。
目の前には少し遅めの昼食が並べられている。
豪はレッドチェックの人気メニュー「からあげ定食」を頼んでいた。
巧の前にはスパゲッティーとサラダのセットが並んでいる。
目の前に出されたサラダにサクっとフォークを刺したところで、豪の声が聞こえた。

「なに?」

「じゃから、映画、おもしろかったなぁ」

どうやら豪は先ほどから巧に話かけていたようだった。
巧は豪と向かい合わせの態勢に緊張し、料理ばかり見ていたから気付かなかった。

「うん」

少し遅れて返事をする。
また、少し沈黙ができた。
こんなんじゃダメだと思うのに、自分がいつも以上に口下手になっている気がする。
でも、向かい合ったこの席では、豪と視線を合わすことすらできない。
仕方なくレタスを口に放り込んだ。
シャクシャクと瑞々しい食感が口内を満たす。


映画館にいた時もそうだった。
豪がチケットを買って来てくれて、それを受け取る。
その時に手が触れるだけで大袈裟な程息をつめた自分に気がついた。
以前豪と二人、公園で過ごした時よりも緊張している。
あの時は、よく知らない人だから緊張しているのかと思っていた。
今は、なんでこんなに緊張しているんだろう?
真っ暗な中、映画が始まる。
それなのに、映画になんて全く集中できなかった。
すぐ隣りにいる豪の気配が気になって仕方ない。
チラリと横を盗み見る。
真剣にスクリーンを目で追っている豪に、こんな気持ちになるのは自分だけなのかと思った。


シャクシャクとした食感が口の中で消えて行く。
また口内にほうり込もうとした瞬間、馴染みのある声が耳に入った。

「なんや、姫さんやないか」

ギクっと身体が硬直する。
今一番会いたくない人が来てしまった。

「瑞垣さん…」

ゆっくりと振り返ると、そこには新田女子高の二年先輩、瑞垣俊二が立っていた。
ミニスカートから長い足が伸び、自分から見ても大人っぽく美しい。

「なになに、姫さん。デート?」

にやにやとした顔で俊二が問い掛けて来る。
あんたは全部知ってるだろうが、というイライラした気持ちを押さえ、ぶっきらぼうに答えた。

「違います。瑞垣さんは、一人ですか?」

「あほ、一人なわけあるかい。後で連れが来るんじゃ」

「そうですか。じゃあ勝手に座っといてください」

「ほんま冷たいやつやなぁ」

瑞垣の目が豪に向けられる。
豪の姿を眺め、にやりと笑った。

「こいつ、めっちゃ気強いやろ?扱いづらいんと違う?」

ニコリと笑って瑞垣が豪に話かける。
豪がははっ、と愛想笑いを浮かべたのがわかった。
そのことに、気持ちが萎む。
豪はやはり俺といても楽しくないのだろうか。
上手く喋れない自分がもどかしくて仕方なかった。

「そんなこと、ないですよ」

豪が思いの他強い口調で言った。
驚いて、顔を上げる。

「俺、原田さんと一緒におると、楽しいんです」

そう言って、豪は行こう、と言って巧の手を引いた。
疑問に思う暇もなく豪に引きずられる。
瑞垣も一瞬呆気にとられた顔をしていたが、すぐにくすり、と笑った。

「またな、姫さん、永倉くん」

そう言ってヒラヒラと手を振っている。
会計をさっさと済ませ、豪が半歩前を行く形で歩いていた。
レッチェから離れて川沿いを歩いていく。

「永倉さん?」

何も言わずに店を出て来た豪に、巧は不安気に声をかけた。
豪がなぜこのような行動に出たのかわからない。
何か豪を怒らせてしまうようなことをしたのか。

「どうしたんだ?」

後ろから大きな背中に呼び掛けた。
豪は俯いた様子でくるりと振り向く。
巧と目を合わせようとしない。
それが巧をさらに不安にさせた。

「永倉さん…」

巧が下から豪を覗き込むと、豪は真っ赤な顔でゴメン、と呟いた。

「俺、さっき、原田さんに、デートって言って欲しかったんじゃ…」

ゴメン、と小さな声で豪が呟く。
さっきの瑞垣との会話が思い出された。

『姫さん、デート?』

『違います』

からかわれるのが嫌で瑞垣にはあえて適当に答えたが、本当はデートだ、と意識していた。
豪はそんなことで、怒っていたのか。

「それに、原田さん、先輩とおるときの方が楽しそうじゃったから…」

言われて少し驚いた。
豪にはあのやりとりが楽しそうに見えたのだろうか。
確かに、瑞垣と一緒にいたら沈黙などなく、豪と一緒にいるほど緊張することもない。
しかし、胸を焦がすような甘苦しい感情もないのだ。
そんな感情、豪と一緒にいる時にしか感じない。
これが、好きってことなんだろ?

「永倉さん、と、一緒にいるの、俺、楽しいんだ」

自分の気持ちをストレートに伝える。
今度ははっきりと豪の目を見つめた。
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