ハツカノ

□ハツカノ7
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映画を観に行ったあの日から、何かが変わったのだろうか?

「おはよう」

「お、はよう」

少しはにかんだ笑顔を向ける豪に、ほんのりと赤い顔で返事をする。

「今日は早いんだな」

「はよう起きてしもうて」

はは、と笑う豪がかわいくて、笑みを返した。
そうすると、豪の頬が少し赤く染まった気がして、巧の頬も赤くなる。
二人で遊びに行ったからといって、急に距離が縮まったわけではない。
それでも、まだぎこちなくはあるが豪との会話は心地よかった。
豪が笑うと嬉しくなり、頬が染まった。
こんなふわふわした気持ちは、生まれて初めてだ。





忌々しい声が、巧の教室に響いた。
咄嗟に逃げようとするが、その人物は巧より一枚上手だ。

「ひ・め・さ・ん」

極上の笑みを浮かべる瑞垣がそこにいた。
今日はいつもやわらかく巻いている髪をアップにしている。
突然の美しい先輩の訪問に、巧のクラスの女子はざわめいていた。
それとは全く対象的に巧はいかにもげんなりとした様子で教室の扉に目をやった。

「なんですか、瑞垣さん」

溜め息をつきたい気持ちを堪え、巧は瑞垣を見る。
その様子をさもおかしそうに瑞垣は笑った。

「先輩がわざわざクラスまで来てやっとるんやで、その態度がなんなんですか?や」

「用がないんだったら俺、帰るんで」

「待ちぃ!」

ガシっ、と音が鳴りそうなほど強く肩を掴まれる。
瞬間的に振り払った。
振り払われた手をさして気にする様子もなく、瑞垣はまたにやりと巧を見つめる。
やばい。

「悪い、お姉さんがジュースおごってあげるから、一緒に帰りましょう、ね?」

にんまりと笑う瑞垣に逃げられないことを悟り、巧はのろのろと帰り支度を始めた。





夕焼けに染まる道をゆっくりと歩く。
下校時刻を過ぎたのか、人通りはまばらだった。
黒々と伸びる影に、この前の豪と歩いた川沿いの道を思い出す。

「で、どうやったんよ、この前のデ・ェ・ト!」

聞かれると思っていた。
からかわれるのはごめんだと思い、ぷいっとそっぽを向く。
この先輩に話しても、ろくなことがない。

「別に」

「別に、じゃないやろ。永倉くん、えらい姫さんに惚れ込んでるみたいやったやないか」

「え…?」

びっくりして声が出ない。
どうして、豪が俺に入れ込んでいると瑞垣にわかるのだろう。
明らかに、俺の方が豪を好きだと思う。
豪と話すことで緊張したり、豪の一言で嬉しくなったり。
豪は俺よりもずっと冷静で、だから俺の方が豪を思っているんじゃないだろうか?
わからない。
動揺を抑えるように、巧は冷めた口調で否定した。

「そんなことないです」

瑞垣はにやりと笑い、それ以上話をしなかった。
次第に駅に近付いていくと、人も多くなりざわつく。
煩わしいと思った喧騒の中から、一つの柔らかい声音が巧に届いた。
耳に心地よく入ってきて、聞くと心が温かくなるような。

「原田さん」

振り向くと、そこには豪が立っていた。
真っ黒の学生服に身を包んだ豪は、重そうな鞄を抱えており、一目で学校帰りなのだとわかった。
驚いて目を見開く巧に、いつものようににっこりとした笑顔を浮かべている。
隣りで瑞垣がにやりと笑い、先に行くから、と言った。
豪は瑞垣にも軽く会釈を交わすと、巧の方に近付いてくる。

「寒いな…」

鼻の頭を真っ赤にして、豪が笑った。
そんなに長い間待っていてくれたのかと思うと、きゅう、と胸の奥が切ない悲鳴をあげる。
咄嗟に豪の頬に両手を持っていった。
自分の手で、豪を温めてあげたい。
しかし、その手は真っ赤になった豪の頬に届く前に、阻まれてしまった。
豪の手が、巧の手を掴んだのだ。
瞬間、恥ずかしさにカッと頬が赤らみ、豪の手を振りほどく。

「あ、す、すまん!」

恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。

『今、なにしようとしてたんだ、俺…』

豪の頬に触れようとした両手が、豪に捕らわれた掌が熱を持つ。
その熱が全身に感染して、身体中の血を沸騰させた。

「お、れの方こそごめん…」

振り払った手が行き場を無くし、彷徨う。
その指先を追い、目線を伏せた。
こくり、と唾を飲み込む。
その音がやけに大きく聞こえる。
気まずい沈黙が二人を包んだ。
それを打ち消したのは、明るい豪の声だった。

「あの、原田さん」

豪が伏せていた俺の目線に合わせるように、少し屈んだ。
真っ赤な顔をした豪の黒目に、自分のほてった顔が映る。

「電話番号とメールアドレス、教えてくれんか?」
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