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□五感
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夢を見た。
豪の夢。
なにげない会話にあいつが笑う。
特別なことがあるわけじゃない。
本当にいつも通りの日常。
でも、楽しい。
―ピピピピ―
殺風景な部屋に無機質な電子音が部屋に響く。
目が覚めた。

『…ランニング行かないと』

手早く準備をすませ、玄関にでる。
凍るように冷たい空気が顔を刺す。
深呼吸をすると、吸い込まれるのを嫌がるように肺の中をも突き刺してきた。
いつもの道を走っていく。
まだ時間が早いせいか、辺りは暗く人の気配がなかった。
神社の前まで行くといつものように、豪を目で探していた。

『…いないってわかってるのに、何探してるんだろう。』

いつもの景色から、豪だけが抜け落ちていた。
豪は三日前から親戚の葬式で新田の町を離れている。
こんなに長く豪に会わないのは、初めてだった。

『早く…豪に投げたいな』

球を投げたい。
受けて欲しい。
…でも、それだけじゃない。
豪が俺にくれたもの。
豪が教えてくれた花や鳥や雲の形。
一緒に見てる時は、少なからず自分の心に残るものがあった。
しかし、豪がいないとそれらのすべての物が視覚に、聴覚に、身体のすべてに全く訴えてこない。
俺の感覚を目覚めさせたのは、豪だけだった。
早く帰って来て。
俺の五感のすべてをお前で満せ。



END

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