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□ファーストキスは苺味
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付き合い始めて三か月。
手を繋いだのも数える程で…キスなんて、夢のまた夢。
要するに俺と豪の関係はまだ友達の延長だった。
そんなのだから、たまに、ほんのたまにだけど本当に好きか疑わしく思うこともある。
俺は、豪に触れてほしい。
言葉だけじゃ、物足りない。
もっと深くつながりたかった。
今日は豪の家で、二人で勉強会だ。
豪の両親は法事で不在。
こんなに、完璧な状況ってなかなかにないと思う。
今日こそ、豪との関係を進展させたい。
なのに、俺の前に座っている男は必死に問題集を解いている。
お前はこの状況を何とも思わないのかよ!
俺が今日豪の家に誘われた時、どれだけうれしかったか…豪は全く理解していないのだろう、そう思うと知らずに溜め息をついていた。
「なんじゃ巧、溜め息なんかついて。なんかわからんとこあるんか?」
全く検討違いのことを言う豪に、苛立ちがつのる。
「別に…」
「そおか、分からんとかあったら何でも言ったらええんで?文系科目は俺の方ができるんじゃから」
豪が優しく微笑んだ。
さっきまで苛ついていたのに、優しく笑いかけられた瞬間俺の心臓は大きく跳ねる。
笑顔一つで曇っていた心が晴れる。
やっぱり、豪のことがどうしようもなく好きなのだ。
心も身体も全部欲い。
問題集を解いている豪を、唇を少し尖らせ上目遣いで見上げる。
俺の思いに気付いて欲しくて声を掛けた。
「豪…」
「なんじゃ?」
豪は、問題集を見たまま応える。
こっちを見てくれないことに不安がつのった。
それでも、勇気を出して言葉を紡ぐ。
「キスしたい…」
小さい声で呟いた。
「なんじゃって?聞こえんかった。もぉ少し大きい声出してくれんと…」
豪はまだ問題集を見ていた。
恥ずかしさを通り越して、怒りが込み上げてくる。
俺は怒りで真っ赤になった顔で豪を睨み付け、大声で言った。
「だ・か・ら!豪とキスしたいって言ったんだ!!」
あまりの大声に豪は最初面食らったが、数秒後言葉の意味を理解したのか真っ赤になった。
「っ…そんなん大声で言うな!」
真っ赤な顔、震える声で豪はやっとのことでそれだけを言った。
「だって、豪がなかなかしないからだろ!」
「じゃって…俺らまだ中学生じゃで!」
「でも、俺はしたいんだ…豪はしたくないのか?」
「そりゃ、したくない訳じゃないが…」
「じゃあ、なんなんだよ!?」
「っ…じゃって、恥かしいんじゃ…」
豪が俯いてそれだけを言う。
「巧と一瞬におるだけで、胸がはりさけそうなぐらいドキドキしとるんじゃ…今も、しとる。キスなんて、緊張しすぎてできんのじゃ…」
真っ赤な顔で肩をすぼめる豪を、かわいいと思った。
豪は俺を愛してないから触れなかったわけじゃない。
愛しすぎて、俺のことが大好きすぎて触れられなかったのだ。
言葉だけじゃもの足りない。
触れてほしい。
今でもその気持ちは変わらない。
でも、言葉でしか伝わらないものも確かにあった。
愛されてることを実感できた。
口許が自然と綻ぶ。
笑ったまま豪に声をかけた。
「豪、苺食べない?」
「はぁ?」
突然の俺の言葉に、豪は間の抜けた声をだす。
それも気にせず、俺は勉強机の上に置かれた苺を口にくわた。
豪のおばさんが出かける前に出してくれたものだった。
豪に向けて苺をくわえた唇ごと、突き出す。
豪の服の袖をひっぱり、顔を近付けた。
豪は赤い顔をして一瞬ひるんだが、俺の意図を悟ると目を瞑り苺に歯をたてる。
苺の甘酸っぱい味が口内に広がる。
唇には苺よりも柔らかなものが触れていた。
ファースト・キスは苺味
END