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□明日への扉
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「なぁ、豪…」

「なんじゃ、巧?」

3月の少し肌寒い風が吹く。
屋上にいると、いつもより風を身体全体で感じた。
豪と二人、真下のグラウンドにぼんやりと目をやる。
グラウンドでは、三年生が卒業式の練習をしていた。
この調子だと部活が始まるのはまだまだ先だ。
もう耳についてしまった『明日への扉』が、もう一度最初から繰り返されている。

「豪…」

「なんじゃ、巧?」

さっきからこのやりとりの繰り返しだった。
言いたいことがあるわけじゃない。
でも、なんだか呼び掛けていたかった。
それでも、豪は根気強く相槌をうっている。
それが、おかしくて、ほんの少し嬉しい。

「なぁ、巧」

今度は豪が俺に声をかけてきた。

「俺らもあと一年したら卒業なんじゃな…」

「だな」

お互いグラウンドを見ながらポツポツと喋る。

「俺、お前とおるの正直しんどいって言ったよな」

「うん」

ずっと前に豪が言った言葉は、一年たっても俺の頭から離れなかった。
知ってたよ。
お前が俺を嫌ってることなんて…
だって、俺はお前のことが好きなんだから。
溜め息をつきそうになり、慌ててこらえた。
続く豪の言葉を待つ。
「でもな、巧と離れんの想像したらそっちの方がもっと苦しいんじゃ。息が詰まって、呼吸できんみたいな感じ。じゃから、これからもずっと一緒にいてくれんか?」

豪の目線が、いつの間にか俺の方を向いている。

「巧のこと、好きなんじゃ」

言葉が出てこない。
喉がからからに渇いていた。
不覚にも、目頭が熱くなる。
それを悟られないように、下を向いて深呼吸した。
やっとのことで声を絞り出す。

「ばか豪ッ!」

そう言いながら、右手で拳をつくり豪の胸を軽く叩く。

「俺の方が、豪よりずっと前から、豪のこと好きだった」

そう言った瞬間、豪に抱き締められた。
軽く、息をはく。
豪の温もりが心地いい。
一生手に入れられないものだと思っといたものが、すぐそこにある。
よかった。
気持ちは同じだったんだ。
ほっとしたら、また目頭が熱くなり、涙がこぼれ落ちそうになった。
今度は下を向かず、豪の胸に顔を押し付けてやった。


END

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