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□I want to meet your baby!
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『永倉くん、ちょっと』
『はい?』
『原田くんが、倒れたの。最近熱かったでしょ。それに、悪阻が酷くてご飯があまり食べれてないようだったから』
聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
巧が倒れるなんて…
手が嫌に汗をかいている。
震える足を叱咤し、走って保険室へ向かう。
巧、巧、巧…
慌てて保健室のドアを開けると、目の前のベッドに巧が横になっていた。
息を切らして近付く。
巧は眠っているようだ。
小さな寝息が聞こえる。
とりあえず大丈夫そうな姿に、ドクドクとうるさいほど音を立てていた心臓が少し静かになった。
ベッドの横に置いてある椅子に腰をかける。
右手で巧の左手をそっと握り、左手で額にかかっている巧の前髪を梳いた。
目の下に、うっすらと隈ができかかっている。
色素の薄い巧の肌に、黒い色のそれがとても目立った。
しかしそれ以上に、巧の頬が少しこけていることの方が気になる。
儚い。
シーツの白に溶けて、巧が消えてなくなってしまいそうだった。
涙が零れ落ちそうになるのを、何度も瞬きをして堪える。
思わず握っていた手に力を込めていた。
「…ごう?」
「巧、すまん!起こしてしまった」
「いや、大丈夫…俺、倒れちゃったんだな」
巧が無意識に自分の腹を撫でる。
子供のことが心配なのだろう。
「巧、子供は大丈夫じゃ」
それを聞くと、巧は嬉しそうに目を細めた。
その姿に、涙がまた零れ落ちそうになる。
俺は、子供のことよりも、こうして悪阻で苦しんでいるお前が心配なんだ。
心配でたまらない。
「巧、俺、お前倒れたって聞いた時、子供よりお前の方がほんまに心配じゃったんじゃで」
「豪…」
「子供も大事じゃけど、俺にとったら、それ以上にお前が大事じゃ」
涙がほろほろと零れてくる。
巧が驚きの表情でそれを見ていた。
それでも、涙を拭うこともできない。
まだ巧に伝えたいことがあるのだ。
「俺、お前のこと、好きじゃ。愛しとる。なのに…」
なのに、なのに、なのに…
「巧にばっかり、辛い思いさして…」
嗚咽が漏れそうになるのを辛うじて堪える。
巧のことを愛しているのに、巧が辛そうなのを見ていることしかできないなんて。
なんて、なんて苦しいんだろう。
自分が変わってやれたらいいのに。
変わってやりたい。
「豪」
巧のしっかりとした声が聞こえる。
急に、巧に抱き締められた。
長い指で頭を撫でられる。
なぜだか、ほっとしたような気分になった。
「俺、全然辛くなんかないぜ」
そう言って、今だに涙が零れている俺の目元にちゅっとキスをする。
「だって、これで豪のすべてが手にはいるんだから」
そう言って、にやりと笑った。
マウンドにいる時の強気な笑顔で。
さっきまでの儚い印象が一瞬にして変わる。
ああ、原田 巧だ。
「顔は俺に似て、性格は豪に似たらいいのにな」
「なんでじゃ?」
ずっ、と鼻を啜りながら聞く。
「だって、顔は俺に似た方がきっとモテるぜ」
ふっと口元が緩む。
巧の冗談に、喉がくるくると鳴り、笑い出してしまいたくなる。
これだから、俺は、巧が好きなんだ。
「巧はほんま減らず口じゃな」
そう言うと、巧があははと笑う。
気が付くと、先ほどまで延々と零れ続けていた涙は、もう止まっていた。
END
母は強し、て感じです。