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□I can do everything for you
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長かった昼の時間が少しずつ短くなり、夜が深まっていく。
夏が終わり、秋が近づく。

もうずいぶんと外は暗くなってしまった。
豪はバットを振る手を休め、空を見上げる。
先ほどまで太陽をとろりと煮立てたような夕暮れだったのに、今では月がひょっこりと顔を出している。
日が短くなってきた。
豪はこめかみから流れる汗を腕で拭い、ふっと息をついた。

今年の夏、新田東は横手二中に敗れ、中国大会への切符を逃した。
今でもその光景を思い出すと、ジリジリと胸を焼き切るような痛みが走る。
新田東は、強力な横手バッテリーから思うように点数を奪えなかったのだ。

しかし、来年こそは。
同じ失敗は繰り返さない。

ひゅっ、と鋭い軌道を描き、バッドが空を切る。
豪は深く息を吸い込み、最後の一回、とバッドを振った。


部室に戻ると、誰もいないはずの部屋に煌々とついた灯の下、たくさんのほつれたボールが転がっている。

「永倉くん、遅かったんだ」

その一つを手に持ち、凛と響く声を発した原田巧がこちらを見ていた。

「…原田さんこそ、こんな遅くまでどうしたんじゃ?」

豪は驚きに目を丸くし、少しの間の後に言葉を発した。

「練習球縫ってたんだ。もうぼろぼろだろ、これ」

そう言って高く持ち上げられたボールは、形こそまだ保ってはいるが、縫い目がほどけ、茶色く汚れている。
巧はそのかろうじて円形を保っているボールを慰撫するように、真っ赤な糸でほつれを繕っていく。
みるみるうちにしっかりと縫い上げられたボールが出来上がった。
そのボールを、巧が投げてよこす。
反射的に手が出た。

「あげる」

「え?」

「まだ、家で練習するんだろ?」

受け取ったボールを手の中でころころと転がした。
巧の気持ちが入ったそれは、ほんのりと熱く、トクン、と脈打ったような気がする。

「ありがとう」

「どういたしまして」

巧はまた別のボールを手に取りながら、黙々と作業に打ち込んでいた。
時々、細い指先が愛しそうにボールを撫でる。
本当に、野球が好きなのだろう。
巧のさり気ない仕草に野球に対する思い入れの強さを感じる。
巧は選手と同様に、いや、それ以上に野球が好きなのだ。
巧が繕った練習球に視線を落とす。
ドクン、という鼓動は自分のものなのかボールのものなのか。

「原田さん、」

きょとんとした顔で巧が視線を豪に向けた。

「来年は、絶対、横手に勝つから!」

俺が、原田さんを一つでも勝たせるから。
野球が大好きだけどできない君を、高いところまで連れていくから。
豪は自分の荷物を掴み、乱暴に扉を締め、部室から出て行った。


突然の大きな声に驚いた顔をしている巧は、豪が真っ赤になって叫んだ言葉を思い出した。

『絶対、横手に勝つから』

誠実な豪の言葉に、胸が高鳴る。
顔が少し熱くなった気がした。
縫いかけの練習球に視線を落とす。
このボールたちは、ほとんど豪が練習で使ったものだ。
毎晩遅くまで残って練習していたのだろう。
これには、豪の努力が詰まっている。
どんなにボロボロになろうと、捨てることなどできないのだ。

「巧、だって…」

練習することはできないが、豪と一緒に野球をしている。
勝ちたいのだ。
一つでも多く。
こんなに努力している豪に、勝って欲しい。
そのために、できることは何だってする。

『巧が、絶対に永倉くんを勝たせてやるんだ…』

巧は、床に散らばった練習球を一つ取り上げた。



あなたのために、できることを
ただ、心を込めて



END

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