鬼灯の冷徹

昨日のことのようです。
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『私の名前は丁です。あなたのお名前を教えてください』
『…です。』
『おーい、丁ー!』
『あ…もう行かなくては、ではまた』

……またこの夢を見た。
そういえば、あの時の少女。
私と同じくらいの…年の頃でしょうか。
ただ、あの時一度きりで、その後、顔を合わせる事はなかった。
名前は……思い出せない。

「鬼灯、おはようございます」
「ん、雛おはようございます」
「どうかしたの?眉間にシワ」

つん、と雛の細い指が眉間に触れる。
そんなに難しい顔をしていたのか。
あの夢のせいだろうか。

「朝ごはん、食べに行きましょうか」
「はい、…早くお部屋にキッチンが欲しいです」
「……検討します」

今まで一人で生活していたので、我が家にはキッチンという設備はない。
食事は食堂があるし、地獄にも飲食店はある。
腹が膨れれば、なんでも良かった。

雛と二人で食堂に入れば、顔見知りの獄卒たちが次から次へと挨拶をしてくる。
適当に注文を済ませて、雛と並んで朝食を摂りつつ、今日の予定の確認と調整。
雛にまだ一人で地獄をうろつかせるには、私の心労が半端ないので、二人で回る。
若しくは、閻魔殿での書類整理やその他諸々の雑務。
他の獄卒や閻魔大王は「過保護じゃないのか」と言うが、そんな事はない。

彼女は元遊女だ。
衆合地獄にある妓楼で太夫として、名を馳せていた。
衆合地獄の数々の遊女の中でも最も逢えない遊女。
気のない相手に口は利かない。
好かない相手に肌は見せない。
他にも色々と逸話や噂があった。
中にはそれは流石にないだろうと疑わしいものもあったが。
その遊女がほっつき歩いているとなれば、良からぬ事を考える馬鹿がいるのだ。
そういう所は地獄も現世も同じだ。

針山の辺りを視察していると、桃太郎一行に出会して、丁度良いのでヘッドハンティング。
天国にも貸しを作れたし、不喜処の従業員不足も解消した。
面倒事が片付いて良かった。
実際、天国に派遣する程の人員の余裕は無いし、不喜処は従業員が動物なので、慢性的な従業員不足だ。

「良かったですね、いくつか案件が無事に解消されて」
「はい、どちらも解消が難しい案件でしたし」
「……鬼灯様、今日は朝からずっと難しい顔してますね?」
「…そう…ですか?」

自分では分からない。
あまり愛想の良い方ではないとは自負しているが、やはり今朝の夢のせいだろうか。

「まあ、今朝…懐かしい夢を見たんです」
「夢、ですか」
「はい。私が幼少の頃に一度だけ会った女の子がいたんですけど…」
「……ふふ、お互い…大きくなりましたよね。丁」
「…!」

何故、雛が私の昔の呼び名を知っているのでしょうか。

「あの…」
「鬼灯様の事だから、知ってて黙っているものだと思ってました」
「え…まさか、あなたが…」
「はい。」
「…はあ、分かってるわけないでしょう」
「私は、分かってましたよ。だって、あなた、変わってないですもん。」
「雛は変わりました。昔は可愛らしかったのに、こんなに美しく成長するなんて反則です」
「褒めても何も出ませんよ」

くすり、と笑う貴女に昔の影が重なる。
まるで、昨日のことのようです。
ずっと、夢でお会いしていたからでしょうか。

「何故、最初に言ってくれなかったんですか?」
「悔しいじゃないですか。私だけ覚えていたなんて」
「そういうものですか?」
「そういうのは殿方の方から言っていただきたいものですよ」
「では、改めて。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

あの時、取れなかった手を今しっかりと握る。
私の手よりも大分小さな貴女の手。
こうして、隣に寄り添える事がどんなに幸せか、貴女は知らないのでしょうね。



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鬼灯様初書き。
アニメ化おめでとうございます。

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