鬼灯の冷徹

きみのこと
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毎朝二人揃って出勤します。
今日は別々の勤務です。

「雛、いいですか。くれぐれも気を抜かないでくださいよ」
「大丈夫よ。行くのは衆合でしょ?いざとなったら妲己様の所に駆け込みます!」

では行ってきます!と楽しそうに私の執務室を出て行った雛。
あんな調子で本当に大丈夫だろうか。
しかし、あまり何もさせないのも周囲に示しがつかないとも思っているし…。

「鬼灯様、おはようございます!」
「おい、シロ!」
「せめてちゃんとノックしてから…」
「あなたたち…非番ですか?」

相変わらず仲が良い。
3匹が来ると動物好きな私としては和んでしまう。

「あれ?雛様は?」
「今日は視察で一日いませんよ」
「ねえ、雛様って鬼灯様のお嫁さんなんだよね?」
「まあ…まだ婚約中です。婚姻はしておりませんが」
「雛様も鬼なんですか?」
「いえ、彼女は亡者なんです。ですから角がないでしょう」
「あっ、言われてみれば」

私が初めて彼女に会ったあの頃はまだ鬼も亡者も地獄の住人もごちゃまぜでしたからね。
裁判制度等も無く、亡者があの世でも好き放題な時代だった。

「どうやって雛様と結婚する事になったの?」
「…馴れ初め、ということですか?」
「うん!聞きたい!」

シロさんの瞳が好奇心をダダ漏れにしてキラキラと輝いている。
あまり、こういう瞳をしている人に話すのは気が進まないのですがね。
話した所で特に面白い事などないし、補佐官に迎え入れた理由も私欲でしかない。
どうしても彼女を自分の側に置いておきたかっただけだ。

「一目惚れしたんですよね」
「……お香さん…」
「それだけ?」
「男女の馴れ初めなんて、そんなものだわ」

書類を抱えたままシロさんの毛並みを整えるように撫で付けているが、ざっくりと説明されると詳しい事が知りたくなるのが好奇心というものだ。
シロさんがお香さんに「どの辺りから知っているのか」「昔から可愛かったのか」と縋りついている。
お香さんが先の一言で終わりにしたはずなのに、と救助を求めるような視線を送ってくるが、既に後の祭りです。

「妓楼の遊女だった彼女を私が補佐官に就職させたんです」
「え?一目惚れして、補佐官にしたの?」
「職権乱用になるんじゃ…」
「口で言う程容易ではなかったんですよ」

なんせあの妲己さんの妓楼の太夫。
地獄庁の第一補佐官の肩書きがあっても何の意味も為さない。
不本意だが、あの白豚の名を勝手に借りて何度も何度も顔を出して、ようやく座敷にあげてもらった。

「…鬼灯様?どうしたの?」
「ああ、いえ…色々と大変でしたよ。遊女を身請けするという事ですからね」
「雛様は一番人気の太夫でしたものね。是非衆合地獄に就いて頂きたいわ」
「却下です」

雛を衆合になんて、妓楼にいるのと変わらないじゃないですか。
絶対に許可しません。

「ねーねー、それで?」
「まあ、最後には本人と妲己さん共に納得していただいて私に嫁ぐ形になったんです」
「そうじゃなくて〜、もっと、こう…」
「ささ、みんな!私達がここにいては鬼灯様のお仕事が滞ってしまうわ、失礼しましょ」

あまり多くを語らない私にお香さんが空気を読んだのか、3匹を引き連れ執務室を出て行った。

……懐かしいですね。
数十年前ですか…。 
女性の為にあんなに必死になったのは後にも先にもあの時だけだ。
そういう普通の色恋沙汰など私には関係のない事だとさえ思っていたのに。


***

「鬼灯様ね、あんな端的な言い方しかなさらなかったけど、それはもう必死だったのよォ」
「へえ〜!」
「ええ、目の下にクマ作って、寝る間も惜しんで通っては会えないまま帰って来たりしてね」
「あの鬼灯様が…」
「あ、この話はナイショにしててあげてね」
「「「はい!!」」」

二人のそんなに多くない大事な思い出だものね。


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彼女との事は大事にしたい鬼灯様。
茶化されネタにされるなんて
言語道断。

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