鬼灯の冷徹
□痴話喧嘩は犬も食わない
1ページ/1ページ
「雛、何か言い訳でもあるなら言いなさい」
「言い訳も何もお薬を買いに行っただけですよ」
閻魔殿で繰り広げられている言い争い。
地獄でもおしどり夫婦と有名なお二人。
閻魔大王第一補佐官鬼神と元花街一番人気の遊女。
「あ、鬼灯様…?」
「あっ!お香ちゃん!ちょっと!」
「閻魔様、お二人どうなさったの?」
閻魔大王の裁判所に流れるピリピリとした空気。
大王や鬼灯様に報告をしに来た獄卒たちが入るなり、その空気の悪さに逃げるように出ていく。
特に皆が恐れているのが、鬼灯様の方。
眉間にはいつもの二倍の皺が深く刻まれている。
「実はね、雛ちゃんが鬼灯君に黙って天国に行ってたのがバレちゃって」
「まァ、白澤様の所に?」
話を聞いた限り、可愛いお嫁さんが勝手に自分の大嫌いな男の元に行っていた、というのが気に入らなかったらしい。
「ねえ、お香ちゃん!なんとかしてよ〜」
未だ二人とも折れる気はないらしく、押し問答を続けている。
そこに雛様がまさかの爆弾投下してしまう。
「私は妓楼にいた頃から白澤様のお薬を服用してたんです!鬼灯様より長いお付き合いなんです!」
「……そうですね…私は幼少の頃に一言二言話したきりですからね。そんなに白澤さんの肩を持つのならいっそ天国に移住しては?」
「な、そこまで言わなくてもいいでしょう?」
「私は知りません、勝手にして下さい」
そう言い残すと鬼灯様は自分の執務室へ引きこもってしまった。
残された雛様を伺うと、若干の涙目。
「雛様、大丈夫よ。売り言葉に買い言葉だったのよ」
「…私は悪い事してませんもん」
あら…。
泣いてしまわれるのかと思ったら、こちらも負けないようで、早めに仲直りしていただかなくては。
とりあえず鬼灯様は執務室に篭ってしまっているので、先に雛様の方をなんとかし…あら?
「鬼灯様…天国に移住したらって……すん……」
「ほら、雛様、泣いたら美人が台無しだわ」
「だって、だって鬼灯様が…そりゃ私…ふえ、ぐす…」
あらあら、大変。
そうよねぇ、好きな人から「勝手にしろ」なんて言われちゃ平気じゃないわよね。
アタシが一肌脱がなくちゃいけないかしら。
***
……しまった、事をしてしまった気がする。
言ってしまった気がする。
本当に…あそこまで言う必要はなかった。
本当に…雛があのエロ神獣の所に行ってしまったらどうしよう。
付き合いの長さなど関係ないと分かっている筈なのに、ついあの白豚と比べられたような気がして、つい……。
はあ、どうしましょうかね。
雛、泣いているでしょうか。
貴女の泣いた顔など、見たくない。
コンコン
「鬼灯様、報告書を持って来たんですけど…」
「お香さん…」
報告書をさっと受け取って、流し読みする。
そのまま、お香さんは仕事へ戻って行ってしまった。
あの後の雛の様子を聞こうにも、なんとなく聞けなかった。
はあ…どうやって雛に謝ろうか。
どう考えても悪いのは私だ。
コンコン
「どうぞ」
……返事は返したのに、誰も入って来ない。
暫くすると、ひょこっと雛が顔を覗かせた。
広い執務室の机からは彼女の様子を伺い知る事が出来ない。
「雛、入るなら入りなさい」
様子を伺っていたのはあちらも同じなようでそろりと入って扉をそっと閉めた。
私も一旦仕事を中断して、机に腰掛ける。
ぽすん、と雛が駆け寄り、胸にしがみついてきたので抱きとめてやる。
「……なさい、」
「?…なんですか?もう一度」
「ごめんなさいっ…すん…」
「ふう、どうして貴女が先に謝るんです」
「だって、鬼灯…っ、怒って…ぐす…」
「ああ、泣かないでください。本気で言ってません。それより、貴女が本当に奴の所へ行ってしまったらと焦ってました」
「行かないよ…すん…鬼灯のとこがいい…」
…っ、またこの人は…!
普段は恥ずかしいから、と意地でも言わないくせにこういう時に無自覚で甘えてくる。
私の襟を掴んで、すんすんと鼻を啜る雛の頭を撫で付けていると少しずつ落ち着いてきたようだ。
さらさらの黒い髪、顔を寄せると花のような香り。
「雛…すみませんでした」
「鬼灯…ん、…っ!」
謝罪と同時に雛の顔を上に向かせて、深く口付ける。
今回はこれでほだされてくれると助かるのですがね。
「んぅ…鬼灯っ、こんなとこでっ…」
「そうでしたね。でも、構わないでしょう。虫除けになります」
「…虫?」
「こっちの話です」
続きは仕事が終わってからにしましょう。
***
「お香ちゃん、ありがとね」
「相変わらず鬼灯様は過保護ですねぇ」
「奥さんが可愛いのは分かるけど、あの子があんなに過保護になるなんて…」
「丸くなったって事でよろしいのでは?」
「そうだねぇ」
今日も地獄は平和ねェ。
小さな諍いは恋のスパイスというし、たまにはいいんじゃないかしら。
------------------------------
お香姐さんは仲裁役。
衆合勤務だから
男女の機微には敏感なイメージ。