短編
□永遠の一瞬
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何気ないいつもの日常。
今日もまた窓に陽が差し込み、一日の始まりを告げた。
眩しさに目を細め、ルークはベッドから体を引き剥がす。
「ん〜……朝か…」
珍しく、メイドが起こしに来るよりも早く目が覚めた。
今日は、特別な日。
自分が、この世に生まれ落ちた日だ。
…そんな記憶はないが。
「せっかく早く起きたことだし、庭で散歩でもするか…」
さっと適当に着替えると、自室を後にした。
いつもと同じ、鳥かごの中。
おはようございます、と声を掛けてくるメイドたち。
朝の空気も清々しくていいものだと思っていた時、
ふと何かが足りない気がした。
「ん〜……そういえば…、今日はいないのか?いつもなら声かけてくるのにな…」
ガイがいなかった。
この2年、そんな日はなかった。
ルークが呼ぶまでもなく、常に隣にはガイがいたというのに。
屋敷に戻って…正確には生まれてから2年、やっと一人で一通りの生活が出来るようになったものの、所詮は2歳児。母親がわりともいえるガイの存在は大きく、いないことに不安を覚えた。
ガイが居ることは、もはや日常だったのだ。
なんだよ、ま、いいけど。と思いながらも、心のどこかでガイを探していた。
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ガイは、昼を過ぎても現れなかった。
不安、心配…不満。色々な思いがルークの心を駆け巡った。
それに、今日は……
「オレの、誕生日なのに…」
当然、真っ先にお祝いの言葉が掛けられると思っていた。
ガイは、いつでも自分の望む言葉をくれたのに。
周囲が自分を嘆いても罵っても、ガイだけはいつもかばってくれたのに。
聞きたかっただけなんだ。
おめでとうって───
悔しくて悲しくて、自然と大きな瞳から泪が溢れだした。
「……っ、ガイのバカー!!」
思わず叫んでしまった。
きなしに自室に戻っていたからいいものの、その声は外にまで漏れ出す勢いだった。
「……バカとはなんだ、バカとは」
窓のほうから、聞き覚えのある声がした。
それはまぎれもない、今最も渇望している彼の声。
夕焼けに朱く染まり始めた窓が開いた。
「……ガイ!」
金色の髪は陽に透けて輝き、夕陽を背に立つガイは─―酷く美しかった。
「何泣いてるんだ?どうかしたのか?」
「─どうもしてない!それより、どこ行ってたんだよ、オレに黙って!」
慌てたようにゴシゴシと目を擦るルークを見て、ガイははは〜ん、と、その蒼い目を光らせた。
「もしかして、俺がいなくて寂しかったのか?ルークおぼっちゃん?」
「そんなんじゃないよ!」
子供がなにを言い訳しようが、ガイにはお見通しだった。
少し、かわいそうだったかな……。
「…ごめんごめん。それより、ハラ減ったろ?ちょっと早いけど、晩メシの用意出来てるぞ」
「…いらない。だってオレの欲しいのはご飯なんかじゃない」
拗ねたようにそっぽを向くルークに、くすぐったいほどの可愛らしさを感じた。
「あれ〜?ほんとにいらないのか?せっかくの特別な日のごちそうなのにな〜」
「…え?」
何が起こったかわからないといった表情で、ガイの方を振り返った。
「…誕生日おめでとう、ルーク。ほんとは、メシ食べた後に渡したかったんだけどな。機嫌直せよ。な?」
整った精悍な顔は優しくほころび、ルークに微笑みかける。
金に輝く髪が、蒼く透き通る瞳が、視界に移るそれらが揺らめきだした。
ルークの目には、また泪が溜まっていた。
嬉しさが込み上げて、止まらなかった。一番欲しかった言葉…。
「ほらこれ。おまえにはつまらない物かもだけど。」
「…何?あけてもいい?」
丁寧に包装された包みをぼやけた目でゆっくりと開けた。
中から出てきたのは、いつかの記憶の断片が写し出された、四角い小さな窓。
「これ…あの時の?」
「そうだよ。写真っていうんだ。」
数日前、庭でカメラという音機関を使ったのを思い出した。
「お前がもう、記憶をなくさないように。またすぐに思い出せるように…。俺とのツーショットで悪いけどな。」
なんでもない写真立て。でも、どんなに高価な贈り物より、ルークの心を満たした。
「うれしいか?」
ちょっと照れ臭そうに、はにかんで答えた。
「…うれしいよ!ありがとう、ガイ!」
思えば、この頃のルークは素直でかわいかった、と思うのは、数年先のことであるが。
一番欲しいものを、一番欲しい言葉と一緒にくれた。
幸せを、一番感じた日だった。
ちなみに、この時の夕食もガイがせっせとこしらえたのだが…言えずじまいだったらしい。
この時の写真は、後までベッドサイドに飾られることになるのだった。