ピオジェ

□陽炎
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要塞都市グランコクマ。

宮殿のバルコニーには、金の髪を風に遊ばせ、遠くを見つめ柱に寄りかかる影。


若くして臣下の信頼を得、大衆に広く親しまれた譜術大国マルクトの皇帝である。



「ピオニー陛下。そろそろ謁見の時間でございます」

「…ああ、今行く。」


彼の想い人は遥か遠くに─


************************


旅立ちの前夜。栗色の長髪が腰まで伸びたマルクト軍大佐は、明日の支度を終えると、執務室に戻り暫しの休息を摂っていた。



明日は聖地ダアトからの使者と共に、停戦の案の記された親書を届けるべく、敵国であるキムラスカへ向かうことになっている。
暫く、ここには戻って来ないだろう。やり残しはないか──そんなことを考えていた矢先だった。


「ジェ〜イドv遊びに来てやったぞ〜?」


幼い頃から耳にしていた、少しハスキーな声。


「陛下。……どうしました?」

「相変わらず冷たいな〜。明日から暫く会えないんだぞ?この特別な夜を最愛の人と一緒に過ごそうとか、思わんのか?」


耳障りな言葉をかける皇帝を一瞥して、ジェイドは冷たく言い放った。


「どこに私の最愛の人がいるんですか?」

「目の前にいるだろ〜麗しの美青年皇帝がv」

「間抜けな言動は謹んでください」


いつものやり取りが始まった。

「照れるな照れるな。今日は寂しいだろうから、一緒に寝てやってもいいんだぞ〜?」

「バカも休み休み言ってください。だいたい、どういうつもりなんですか。何度も言うように私は男です。添い寝をするような対象ではありませんよ」


一体、なんなのだ。

ピオニーは皇帝、ジェイドはその臣下。あるいは、学舎を共にした幼馴染み。
それ以外の関係などないはずなのに。


なぜ、この国の皇帝は私などに想いを向けてくるのか。私にかつて愛した、妹の面影があるからだろうか。
聞いてみたい。私の何があなたをそんなに引き付けるのかと…。
きっと理解不能だろうが、興味はある。
人の、人を想う気持ちと言うものに─。

「おまえは、強いな」


先程までの軽い乗りから一転、真剣な眼差しでジェイドを見つめた。

「私が…強いですか?私はあなたの心や想いの方が強いように感じますが?」

「そうか?…そんなことないさ。俺は、明日からまたおまえがいなくなることにこんなにも脅えてる」


「……陛下」


一度もピオニーのほうに向けなかった体をまっすぐに向け、ジェイドはピオニーの赤い瞳を見据えた。


「…どうして、私なんですか?」

私を欲すると言うことは…どんな意味があるか、考えたことはありますか?

何万という民を背負い、玉座に腰を据える皇帝という立場を、どうお考えなのか。当然行き着くところは世継ぎ問題なのだが。

使われないままの後宮。それが私一人の存在のせいだとしたら…。
考えれば考えるほど、頭が痛い。


暫く続いた沈黙をやぶったのはピオニーだった。


「おまえの言いたいことはわかる。」

そう、分かっているはずだ。聡明な人なのだから。


次の瞬間。
ジェイドは腕を捕まれ、体を壁に押し付けられた。
突然の事に体が反応しきれなかった…
いや、敢えて受け入れたのだ。

「俺は、自分の気持ちに嘘はつけん。今、俺の心を占領してるのはおまえなんだ。おまえを手に入れるまで、他のことなんて考えられない。仕方ないだろ」


素直で無邪気で、残酷な暴君。
あなたを受け入れることで私にのし掛かる責任を考えたことがあるのか?



「まったく…相変わらず悪趣味だ」


どこまで私を困らせれば気が済むのか。飽きたら遊びだったとでも言うつもりか?


眼前に立ち塞がる幼馴染みの蒼い瞳は、どこまでも澄んで、どこまでも──穢い。


「…わかりました」


「……え?」


「聞こえなかったのですか。あなたの気持ちを受け入れる、と言ったんです」


突然の言葉に、ピオニーは目を丸くさせたまま自分の周りだけ時を止めた。


「私には特定の相手がいる訳じゃありませんし。男同士、というのが些か不可解ではありますが…まあ、考えてみれば興味深い事象かと。」


「ジェイド…!」

「そのかわり、私が良いと言うまでは…んんっ!?」

言い終わる前に、ピオニーに唇を塞がれた。

長い間焦がれた、愛しい人の唇を…何度も、何度も貪った。


いつまで続くかと思われた長い接吻からようやく解放されたジェイドは、息を切らしながら暴君を軽く睨み付けた。

「私が良いと言うまで体までは預けない…と言うつもりだったんだが」


喜びに心浮かれるピオニーは、かまわずジェイドをきつく抱き締めている。


「ジェイド〜。改めてよろしくなー!」

「……」


ジェイドは深いため息をついて、これから身に降りかかる厄災に心を縮ませ、後悔の念に駆られるのだった─。

「あ、二人の時は敬語はよせよ。」
「……………」


知的好奇心とは、時に自分に牙を向くものだと、己を呪わずにはいられなかった。
このままピオニーのペースに巻き込まれて行くのは目に見えている。

あるいは、それすら計算だったのか。
相変わらず懐が知れない…。



12時の鐘が部屋に響いた。
二人のもう一つの関係の始まりを告げた──。






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