お宝小説
□甘苦缶コーヒー
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「やれやれ…ルーク、貴方は何度同じミスをすれば気が済むのですか…こんな稟議に押印はできませんよ。」
部長ジェイドに頼まれた書類を突っ返される。
ああ…またやっちまった…
「私は午後から社長と市内に外出してそのまま直帰しますので、今日中に直して私のデスクに提出しておくように。いいですね?」
ジェイドにまた散々説教され、ヘコんで自分のデスクに戻る。
睡眠不足のせいか、最近どうでもいいミスをするようになってしまった。
デスクに戻り、自分のボツ書類をよく見ると…誤字脱字、同じ内容連発のオンパレードだ。
「うわぁ…こりゃヒデぇや…」
俺がジェイドでもハンコ押せないな…
頭をガシガシ掻きながら再び書類を直そうとパソコンに向かい画面を睨めっこをする。
……はずだったんだが…
パソコン画面の脇に目を奪われてしまった。
(あ…、あの人だ…)
グレーのスーツが一流ブランドのファッションショーの外国人モデル並によく似合う(多分元々体引き締まってるんだろーな)長身で、長い手足に短い綺麗な金髪の碧い目の社長秘書。
俺は彼のせいで最近睡眠不足だ。
事の発端は彼に初めて出会った日。
研修が終わり、部署配属の辞令が下りて俺達新入社員は社長室に集まった。
社長室に入ってしばらくして…
あの彼が静かにドアを開けて入って来た。
「新入社員の皆さん、研修お疲れ様です。社長がもうすぐ来るから静かに待ってて下さいね。」
低くて爽やかでいい声の綺麗な人。
思わず息が止まってしまった…。
「はは。そんなに緊張しなくても」
ニコニコしながら俺の肩を優しく叩いてくる彼…。
「…だ…大丈夫です」
(にっ…ニコニコしてる…かぁっ…可愛い!…じゃねえ!!社長来るからちゃんとしてねぇと!!他の奴らだってきちんと立ってるし!)
バターン!!
少々乱暴にドアが開き社長が部屋に入って来た。
「ガイ!お待たせ〜!!よーし!皆集まってるかぁ?俺が社長のピオニーだ!明日からも皆頑張ってくれよ!んじゃあ今から辞令交付すっぞ!」
…ガイっていうんだ…
「ひそ…(社長…新入社員の前なんですから…もうちょっと…)」
「あぁあ!いーのっ!ハイ!順番に名前呼ぶからな!ハイ!オニャンコポン鈴木。お前は営業部な!」
社長と話しながらも彼の手はテキパキ書類を分けていて。少しの合間に社長に麦茶も入れてて。
しかも時折社長に「社長、読み方間違ってます」とかツッコミ入れて。
(仕事出来るタイプだな…)
「ルーク・フォン・ファブレ」
「はいっ!(うわ!声裏返った!恥ずかしー…)」
突然名前を呼ばれて不自然な返事をしてしまった。
彼の視線を感じながら社長の前に出る。
「お前は本社企画部な」
「はい」
秘書の彼から書類を受け取った時、
「本社なら一緒だね。よろしく!」
と…実に爽やかスマイルを俺に向けてくれた。
そのスマイルが頭から離れてくれず…早二ヶ月。
…この有様である。
情けないな…俺。
いいとこないなぁ…
今日また怒られてたのをあの人に知られたら恥ずかしい。
手元のボツくらった稟議を見つめ、溜息をついた。
…トイレ行こ…
気持ちを晴らす為、席を立とうとした瞬間!
(…あ。こっち来る!)
トイレ行きたかったのが完全にブッ飛んでしまった。静かにそっと席に座る。
(えっ!?えええっ??俺の方に向かってくる!?わっ!!しっ仕事仕事!!)
彼は俺の後ろを通過した……と思って油断した瞬間!!
ヒヤリ…
「ーっ!?」
ガタン!!
「あ!おいおい!」
思わず椅子から落ちてコケたのは頬に冷たい何かが当たったからだけではない。
冷たい何かの先に、あの端正な顔があったからだ。
「ああっ!ガイさん!ウチの新入り君虐めないで下さいよ〜」
デスクの向こうからフリングス課長の声がする。
やっぱり彼だ!!
「あーららら。ゴメンゴメン。そこまで集中してたとは思わなかったよ」
ガイは「ゴメン!」と片手でジェスチャーする。
(…全っ然仕事手付かずだったのは黙っておこう…)
そして「ハイ」と、ガイは俺に冷たい缶コーヒーを差し出す。
「ジェイドに相当キツく搾られたみたいだな〜ホラ、差し入れ♪」
「あ…ありがとうございます…!」
渡された長くて黄色い缶コーヒーを受け取る。
「頑張れよっ♪」
しばらく呆気にとられてぼーっとしてしまい、フリングスに「大丈夫?」と声かけられたが…
「……っしゃあああ!!やる気でたぁ!!」
「っ!?」
「…あ、課長、すみません…」
もう少しで手が課長に当たる所だった。危ない危ない。
また眠気がぶっ飛び、トイレ行くのも忘れ、単純な俺は再びパソコンに向かうのだった。