お宝小説

□遠雷
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遠くの空に黒くて重たい雲が広がった。




大粒の雨が、噴水の水面に円を描き、道に黒い模様を作り始める。





けれど…


俺はここを動こうとしなかった。


動けなかった。





右手にはまだ彼の体温が生々しく残っている。
それが…辛かった。




つい先程聞いた。
俺の手を振り払って走り去る赤い髪の青年の遠ざかる足音。

振り払われた右手はゆっくりと刀の上に戻る。



「……………。」






『虚無感』
今の俺を支配しているのはそんな感じのものだった。




ぽつり ぽつり…


徐々に増え始める地面の模様。
広がる黒くて低い雲。
強くなる生温い風。



あー…
雨降ってきた…
雨降ってきて良かった。



顔。ごまかせる。






次第に強くなる雨。
轟く雷鳴。


雷…今なら打たれてもいいかも知んない。



寧ろ
打たれてしまえばいいのに……!!



事の発端は、1時間ぐらい前。


街に着いた俺達は、しばらく野宿が続くからという理由と休憩も兼ねて、ここに一晩泊まる事にしていた。


何だかソワソワしながら、珍しくルークが「俺が買い物行く!」とか言い出して。

理由は…解ってる。


ティアと行動したいんだろ…?要するに。



刀に触れる右手に力が入る。(恐らく癖なのだろうか…?)



宿から出ていくルークを窓越しに眺めて溜息をついた。





最近
ルークが隠し事するようになった。

様子がおかしいのは皆解ってても口に出さない。
俺も気が付いていた。

きっと……

障気を消した時からだから……それに何か関係があるんだろうな。


でも…
どうしてティアなんだ!?

何故俺じゃない!?



「…何処に行くんですか?ガイ。」


低い声でジェイドに話し掛けられた。


別に何処に行くとかも決めてなくて…
というよりルークと話したかっただけから…言い訳に多少困って笑ってごまかしたら、ジェイドは『やれやれ』とか言いたげに、ズレてもいない眼鏡を直し、

「…雨降りそうですから…早めに戻って来なさい」

と言って、読む予定だったと思われる本を脇に挟み宿のロビーに行ってしまった。


(見透かされた…?)


まぁ…アイツに隠し事も嘘も通用しないだろうな。



(隠し事も嘘も…か…)




ルーク。
俺には隠し事もしなかったし、嘘もつかなかったのに…


(何故…?)



いけない。
最近、自分がおかしい




ルークの事になると…感情が爆発しそうになる。
いつからか…解らない。


長年一緒に居てしまったからだと思うけど…それにしてもおかしい。



何故か手を繋ぎたくなる。
悩み苦しんでる姿を見ると抱きしめたくなる。



ここまでなら『親友』に抱く感情とか言い訳出来るが…


最近は『それ以上』の衝動に駆られる。


それに…

『ルークは俺だけのもの』


そんな事を勝手に思い込んでたりする。


街を歩き…
ルークを探しながら深い溜息をついた。


馬鹿か俺は。

自分を嘲笑うように短く溜息をつくと…
探していた朱い髪が街の広場の噴水前に座り、両手を見つめている姿を発見した。



…いた。
だけど……

何て話しかける?
何て話かければいい?


以前までは自然に出来たのに…


(忘れた…)


「…ガイ?」




ルークから話し掛けられてしまった。
慌てて両手を隠すルーク。


その意味は…嫌でも後で知ることになるが…

それよりも…

「なんだ?ルーク…待ち合わせか?」

はい?とかいいたげな顔をするが…動揺してるのが手にとるように解る。

お見通しなんだよ!!
ティアと待ち合わせてんだろ!?



解ってるのに。気付いてるのに。
それでも頑なに隠そうとされると腹が立つ。


「なんでもねえって!…天気わるいなぁ…」

「早く戻った方がいいんじゃないか?」


こんな天気なのに

お前はよっぽどティアに会いたいみたいだな!



「…なんでだよ」



(なんでティア?)

「え…な、何が、…」


(ごまかすな)


「ガイこそどうしたんだよ?こんな天気なのに買い物でもないのにフラフラしてるし…」

(話を変えるな!お前を探しに来てたんだよ!!)


昔からずっとルークと一緒にいたのは俺



なのに……

なんで何も教えてくれないんだよ!!!





「………ガイ……?」



ルークの顔色が悪い。

その大きな目を見開いて半口開けて俺を…まるで怯えるように見る。



その表情に…
心の奥底の感情が何かを叫んで…そうさせようとする。


ルークの右肩と左手を掴み…
自分でも驚くぐらいの低い声で「ルーク」と呟き…

顔と顔を近付けた…
その時!




「ち…っ、近い!!!」





一瞬何が起きたか解らなかった。

景色は朱い髪の整った真っ正面の顔から一転して黒い雲。


振り払われた右手に酷く残る温もりと…地面の感触。



走り去るルークと、遠くなる足音。



立ち上がり…
彼が座っていた噴水に視線を戻すと同時に、冷えた強い風がいつの間にか止んでた事に気が付き…


生温い空気に大粒の雨が水面に円を描き、道に黒い模様を作り始めた。




それと同時に。
何故か涙も流れた…


(雨…降って来てよかった……)



遠くに聞こえた雷鳴は、どんどん近くなってくる。



それと同時に雨足はどんどん強くなるのに…手の温もりが消えない。



スッと。
黒い傘が差し出されるまで俺はこの場所を動けなかった。



「ガイ、いい加減にしなさい」


ジェイドがわざわざ迎えにきてくれた。


「………戻りたくない」


「子供みたいな事言ってないで…さぁ、帰りますよ…」

「でも…ルークが…」

「………ルークならついさっきすれ違いましたよ。さあ、戻りますよ」

「………でも…」
「ガイ!いい加減にしなさい!」




−−−−−−−−−−−



タオルケットをかぶって隙間から部屋の窓越しに轟く稲光を見つめていた。


あの感情は何だったんだろう…



俺はあの時…ルークに何をしようとした?



解らない…



嘘だ。
本当は解る。




(…キスしようとした……?)



何故?
あいつは『親友』だった……よな。

違った?
俺が違った……


俺はあいつを『親友』として見てない?



コンコン…


遠慮がちなノックが部屋に響く。

誰が来たかなんて…今更解らない訳がない。


「ルーク。」

「……ガイ、あのさ…いい?」



笑いを堪えた。
昔は遠慮なくノックもなくドアをいきなり開けたと同時に用件を言いたいだけ言って、揚句の果てに開けっ放しで立ち去ってた癖に。



あいつが…俺に壁を作ってる?



「入れよ。怒ってねーから」


優しく。
不自然なぐらい優しく答えると…

恐る恐る、ルークは部屋に入って来る。



「………あ、あのさ…」
「何だよ?しおらしく登場しちゃってさ」


まぁ…無理もない。
原因俺だし。
来てくれただけ奇跡に近い。




「さっき…突き飛ばしてゴメン」

「あ…ああ。いいって。」





髪にゴミ着いてたんだよ

そう嘘をついた。
キスしようとかした癖に。



それを聞いて…
ルークは妙に安心したような顔をした。

その顔を稲光が一瞬照らし……



ほぼ同時に雷鳴が轟き……
俺の中の『よくないスイッチ』が入ってしまった。




(本当は来てくれて嬉しかったのに…)

(何だよ?これ?)

(何だよ!?)




「俺こそ悪かったよ。ゴメンなルーク………………で、ティアとは会えたか?」

(やめろ!!)

「ええっ!?」
(やめろ!!聞くな!!そっとしといてやりゃあいいだろ!!)
「悪いな邪魔して…」
(やめろ!!聞くな!!何も言うな!!)
「べ…別にそんなんじゃねぇよ!」
「嘘付け!」



オマエノ事。
イチバン知ッテルノハ
俺ナンダカラナ!!!





「好きなんだろ」
「え!?」
「好きなんだろ!?ティアが!!」

「…ちょっ…!!違う!!違うっ!!!ガイ!?お前やっぱりおかしいよ!!何で………」




ルークの怯え半分の強い口調に我に返った。


泣きそう……



「…あ、わりい。からかっただけ…」


慌てて取り繕う。


ルークの肩をポンポン叩いて多少不自然だが笑ってみれば……

顔を真っ赤にしてちょっと怒った顔。


「あーおもしれー」
「てめっ!ガイ!!お前!ったく…!」



なんとか拗れずに済んだ。


「ははは。ルーク、もう雷止んで来てるみたいだし…明日早いからもう休めよ」

「ああ。そうする。」


「おやすみ。ルーク」
「おやすみ。」




部屋を出る間際に。
「そんなんじゃねぇぞ!」

と、妙に悲しそうな口調でルークは一言呟いたのを聞き逃さなかった。



離れてる部屋でよかった。

同じ部屋だったら…
俺、ルークに何しちまうか解らない。



タオルケットをまた頭までかぶって溜息をついた。












「ルーク…?どうしたの?」


ティアは廊下で涙を大量に零しながら歩くルークに気が付いた。


「……体調…悪いとか…そんなんじゃないわね…どうかしたの?」


『乖離』という言葉を敢えて使わないように気をつけた。
彼が今1番恐れてる事だから…。

「ちげぇよ。それはまだ大丈夫そう。」

「じゃあ…何が……?」




ルークは口を少し開けて何かを言おうとしていたけど…
慌てて口を閉じてしまった。



「なんで…泣いてるの?」


答えは返ってこない。
解ってたけど…聞かずにいられなかった。



「わかんねぇ。」



首を横に振りながら横を通過するルーク。



けれど。
少し離れた所で彼が弱々しい声で呟いたのを聞き逃さなかった。






−これ…言っちゃダメだ…ガイが辛くなるんだきっと…!−

−本当は昼間話そうと思ったんだけど…ゴメン…−









雷はまだ遠くで光っている。

ロビーの窓からその光景を眺めながらジェイドは読んでた本から視線を外し…呟いた。



それは『嫉妬』と言いますよ…ガイ。

恋愛感情の…ね。



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