お宝小説

□恋は空騒ぎ
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恋は空騒ぎ



 ある日のこと。
 宿に部屋を取った後、買い出し係になったルークとガイは2人で商店街に出掛けていた。
 もうグミも薬も食材もほとんど底をついており、買わなければならないものが非常に多い。これは手分けをしたほうが効率がいいだろうということで、今は別行動を取っている最中だ。
「えーっと、次は……肉か」
 必要なものが書き出されたメモを見ながら、ルークは肉屋へと足を向ける。
 こうなったら、好物のチキンをたんまり買い込んでやろう。これだけ色々な店を回らされているのだから、少しくらい駄賃を貰ったって罰は当たらないはずだ。などと考えて上機嫌になるルークだったが、人ごみの向こうに見知った人影が見えた気がして、思わず立ち止まった。
 見間違えようもない、あの鮮やかな赤。そしてその隣に並ぶ金色。
 あれは―――アッシュとガイではないのか。
 そう思った瞬間、考えるより先に足が勝手に動き出していた。
 何故2人が一緒にいるのだろう。偶然出会っただけなのか、それとも、ルークの知らないところで示し合わせでもしていたのか。もし後者だとしても、ルークにそれを咎める権利などあるはずがない。けれども、いてもたってもいられなかった。
(ガイ……)
 心の中で縋るように名を呼びながら、2人の姿を見失わぬよう、ルークは必死に人の波を掻き分けて走った。





「ここなら人も来ないだろう」
 人通りのない路地裏の壁にもたれながらガイが言うと、アッシュも無言のまま頷く。
 買い出しの最中にアッシュに遭遇したのは本当に思いがけない偶然で、先に気付いたガイが声を掛けると、アッシュもひどく驚いた顔をしていた。
 とりあえず考えもなく呼び止めてしまったものの、その後どうしたものかと悩むガイに、「少し話をしないか」と持ちかけたのはアッシュの方だ。ガイも戸惑いながらもそれに同意し、落ち着いて話せる場所を探して、ここまで移動してきた。
「それにしても、あんな所でお前に会うとは思わなかったよ。何をしていたんだ?」
「……俺だってアイテムくらい買う」
「そういう雑用は、漆黒の翼の連中にやらせてるんじゃないのか」
「あいつらには他の用を任せていて、今は別行動中だ」
「そうか」
 その他の用というのが何なのかは分からないが、ガイは敢えて訊こうとはしなかった。訊いたところで素直に答えてくれるとも思えないし、アッシュがしたい話というのは、そんなことではないだろう。
 けれども、自分から話をしようと言ってきた割に、アッシュは黙り込んだままなかなか話そうとしない。それでもガイがじっと待っていると、ようやくぽつりと、アッシュの口から言葉が零れた。
「―――昔一度だけ、お前と一緒に買い物に出掛けたことがあったな」
「ああ、そう言えば……そんなこともあったな」
 言われてすぐに思い出したのは、それがとても珍しい出来事として記憶されていたからだ。
「お前が我侭なんて言ったのは、あれが最初で最後だったから、よく覚えてるよ」
 自分から持ち出した話題のくせに、アッシュは不機嫌そうに眉を顰めてぷいっとそっぽを向いてしまった。けれどもそれが照れ隠しなのだということは、誰が見ても一目瞭然だ。そういうところはルークに似ている、とガイは思ったけれど、そんなことを言おうものなら今度は本気で機嫌を損ねてしまうだろうから、それについては黙っていた。
「シュザンヌ様へのプレゼントを買いに行ったんだよな」
「ああ……」





 こんなこと、ガイにしか頼めない。
 そう言ってアッシュは、こっそり市場に連れて行ってくれるようガイにねだった。
 母の日のプレゼントを買いに行きたいと言うのだ。
 父であるファブレ公爵に頼めば、どんな高価なプレゼントだって用意することができるけれど、それでは気が済まない。値段なんて関係ない、自分の足で探して、自分の目で見て、自分の意思で選んだ品をどうしても贈りたいというのがアッシュの主張だった。
 もしアッシュを勝手に連れ出したことがバレれば、お咎めを食うのはガイだ。だからガイも最初はきっぱりと断っていたのだけれど、いつでも聞き分けがよく大人びていたアッシュが初めて子供らしい一面を覗かせたものだから、それに少しだけ心を動かされて、最終的には彼の願いを聞き入れてやった。
 幼いアッシュの手を引いて、市場を端から端まで歩き回って―――そしてアッシュが目を留めたのが、色とりどりの石を使ったアミュレットだった。その中のひとつが、持ち主を病気や怪我から守ってくれるものなのだと店主から教えられて、アッシュはそれをプレゼントとして選んだ。病気がちで身体の弱い母が、元気で長生きしてくれるようにと願いを込めて。
 けれども、アッシュにはまだもうひとつ、密かな目的があった。
 それは―――





「まさか俺の誕生日プレゼントまでくれるなんて思わなかったから、びっくりしたよ」
 当時のことを思い出しながら、ガイは笑う。
 アッシュのもうひとつの目的……それは、ガイへの誕生日プレゼントだった。
 母への贈り物はともかくとして、公爵子息ともあろう者がたかが使用人風情の誕生日に贈り物をするなど、厳格なファブレ公爵や口うるさいラムダスが許すはずもない。だからどうしても、家人にバレないようこっそり街に出掛けたかったのだ。しかし、ガイの誕生日プレゼントを買いに行きたいと当の本人に馬鹿正直に打ち明けることはできなくて、母親を口実にした。
「可愛げのないガキだと思ってたけど、あの時ばかりは、やっぱりこいつも年相応の子供なんだなぁって思って少し安心したもんだよ」
「……うるさい」
「そうそう、そう言えばお前、人ごみではぐれて迷子になって泣いてたっけなぁ」
「泣いてなどいない!」
「俺が見つけた時、半べそかいてたじゃないか」
「それはお前の記憶違いだッ」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ」
 真っ赤になって顔を背けるアッシュ。それを見て、笑いを堪えるのに必死なガイ。
 今までずっとぎこちなかった2人の間の空気が、ようやく少しだけ解れた。
 それからまたしばらくアッシュはむっつりと押し黙っていたが、やがて意を決したように、少しずつ言葉を選びながらゆっくりと話し始める。
「……お前が俺に好意を持っていないことは、屋敷にいた頃からずっと、分かっていた」
 恭しい態度の陰で時折ひっそりと向けられる、冷徹な視線。幼い頃から利発だったアッシュは、それに気付かぬほど愚鈍ではなかった。だから自分は決して好かれてはいないのだと、心のどこかで察していた。
「それでも、俺はお前に感謝している」
 物心ついた頃から公爵子息としての振る舞いを要求され、子供らしいことなど何ひとつできなかった幼少時代。両親に対しても素直に甘えることができず、同じ年頃の友達もいないアッシュにとって、ガイだけが気を許せる相手だった。
「お前が我侭を聞いてくれたこと……手を引いて街まで連れて行ってくれたこと……市で菓子を買ってくれたこと。あれだけが、俺が年相応の子供として過ごすことができた唯一の時間だった」
 その時は面と向かっては言えなかったけれど。
 嬉しかったのだ。本当に。
「たとえお前が俺を憎んでいようとも、俺はお前のことを―――信頼していた」
 アクゼリュス崩落後しばらく行動を共にしていたが、あの時のガイはアッシュに対してあからさまに刺々しい態度を取ってきて、言うに言えなかった。そして結局ろくに話をする暇もなく、ガイはパーティから抜けてアラミス湧水洞へと向かってしまった。だから今この機会に、どうしてもそれだけ伝えておきたかったのだ。
 ようやく胸のつかえが取れたように、アッシュは穏やかな表情を浮かべる。
「話したかったことは、それだけだ。時間を取らせて悪かった」
 言い置いて一方的に背を向けたアッシュに、ガイも言葉を投げ掛ける。
「もうお前を憎んではいない。わだかまりが完全に消えたわけじゃないが……復讐とかそういうのは、もうやめにしたんだ。俺も、それだけは伝えておきたい」
「…………」
「それと……あの時くれたお守り。今でもまだ、持ってるから」
「―――そうか」
 一言だけ答えて、アッシュは振り向かずにその場から立ち去っていった。






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