長編
□紅と朱
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夜も更け草木も寝静まった頃。
ガイは隣のベッドから聞こえる呻き声に目を覚ました。
「おい、ルーク!」
汗に濡れた顔は歪み、嫌な夢でも見ているんだろう、と、容易に想像出来た。
声に呼ばれ、ルークはゆっくりと目を開いた。
「……ガイ…」
「うなされてたぞ。…大丈夫か?顔が真っ青だ」
「……ああ」
ルークが何に怯えているのかは、察しの悪い者でも想像がつく。
「気にしすぎだルーク。ほら、よく言うだろ?世の中には同じ顔の人間が3人いるって。その内の一人だよ。」
「……ああ…なんか、色々ありすぎて頭ん中ゴチャゴチャだよ。」
宿命とはかくも厳しく、人にのしかかる。
出会うべくして出会った、同じ存在。
しかし、その男が二人の運命を狂わせることになるとは、この時は知るよしもなかった。
「…鮮血のアッシュ、か…」
なぜだろうか。ガイは、彼に何か懐かしいものを感じていた。
懐かしい、心の奥に隠した─憎悪を。
(なぜだ?あいつを…俺は知っている?)
ルークがフォミクリーによるアッシュのレプリカだとは、この時点ではまだ知らなかった。
だが、ガイの細胞に眠る記憶は、本能的に訴えている。──俺の敵だ、と。
「ガイ?どうしたんだ?」
「… ああ、何でもないよ」
それは記憶をなくす前のルークに抱いていた、憎悪。
(まさか、な…)
ガイには家族がいない。5歳の頃、敵国のある公爵家に惨殺された。
そう、他でもない─ファブレ家だ。
ファブレの一族に復習を誓ったガイは、使用人として入り込み、機会をうかがっている─いや、うかがっていた。
ある時までは。
公爵家に入り、ガイが任された仕事はルークの御用聞きだった。年も近いので、使用人というよりは身近な友人として接してくれ、と言われた。
しかし、仇の息子。
そう易々と心を開けるはずもなく、笑顔の仮面に憎悪を押し隠し、ルークに接してきた。
我ながら見事なものだった。一族の復讐のためには、意地もプライドもなかった。
当時のルークは、子供の割にクールで知的で、何でもそつなくこなし、どこか悟ったようなところのある、いわゆる『かわいくない』子供だった。
だが、ガイは必死で取り入ったのだ。
いつか、全てを壊してやる──そんな想いを内に秘めて。
しかし、7年前の事件で、そんな彼もすっかり変わってしまった。
誰もが憐れんだ彼の変貌を、ガイだけが受け入れた。
記憶がなくてもいい、過去に囚われても前に進めない──
そう言い放ったルークに、目が覚める思いがした。
復習と言う名の楔に繋がれた自分には、色々な意味で衝撃的であった。
それからというもの、ガイは徐々に心を開き、ルークの懐に接し得た。以前のルークとは違い、何と言ったらいいのか…そう、気が合ったのだ。
ただそれだけ。しかし、ガイにとってはそれが重要な事だった。
そうして二人は信頼しあい、助け合い、7年をかけて新しい友情を育んできたのだ。ガイがこんな思いでいることを、ルークは知るよしもないが…。
今思えば、記憶を無くす前のルークもそれなりになついてはいたのだが。
(まさか…まさかな。)
ありえない。だが、そんな気がして仕方がない。
鮮血のアッシュに垣間見た、以前のルーク。
同じ顔、同じ声……
偶然にしては、出来すぎていた。
そして何よりガイの心中を揺さぶるのは…
あの時、アッシュがガイに向けた眼差しだった。
懐かしむような、淋しげな瞳。
確かに、そう見えたのだ。
(考えるのはよそう…)
一人ため息をつくと、ルークのほうを見やった。
「もう寝ようぜ、ルーク。明日も早いぞ」
「…ん〜、わかってるよ」
そう言って二人は、再び眠りにつく。
それぞれに不安や予感を抱えながら──
運命は、確実に動き出した。