お宝小説

□恋は空騒ぎ
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「おかえりなさい、ルーク」
 宿に戻るとティアが声を掛けてきたが、ルークにはそれに応じる余裕さえ残されてはいなかった。
 荷物を食堂のテーブルの上に置いて、無言のまま食堂を後にする。
「どうしたの? 何かあったの?」
 後ろから心配するような声が聞こえてきたけれど、それにも答えず、ルークは2階の自室へと向かう。
 部屋に入るなり、立っている気力も失われて、どさりとベッドに倒れ込んだ。
 たくさんの想いがぐるぐると渦巻いて、ひどく頭が重い。
(……俺がどんなに頼んでも、一度も外には連れてってくれなかったのに……)
 屋敷に閉じ込められていた頃、外に出たいと駄々をこねたことは数え切れないほどあった。けれども、癇癪を起こそうが泣き喚こうが、その願いだけはどうしても叶わなかった。
 それなのに、アッシュの願いは聞き入れられたのだ。
 そう思った瞬間、心がぐしゃりと音を立てて醜く歪んだような気がした。
 ガイに手を引かれて、街を歩くアッシュ。2人で市場を見て、お菓子を買ってもらって、一緒に母へのプレゼントを選んで、ガイへのプレゼントもこっそり買って……それはまさに、幼い頃のルークが夢にまで見た憧れそのものだった。
 自分がどれだれ望んでも得られなかったものを、アッシュは与えられていた。
 しかしそれを責めるのは筋違いだ。アッシュこそが真の「ルーク・フォン・ファブレ」なのだから。
 自分が今こうして立っている場所は自分のために用意されたものなどではなくて、本当はアッシュのもので、だから自分はここにいてはいけないのだ。改めてそれを思い知らされた気がした。胸がぎゅうっと苦しくなって、涙が零れそうだ。
(俺には、そんなふうに思う権利もない。だって俺はレプリカなんだから……)
 自分は、本来であればアッシュがいるはずの場所を、横から攫って勝手に占拠してしまった紛い物なのだ。ガイさえも、元々はアッシュから奪い取ったもの。彼は元々アッシュのための使用人だったのに。
(……知ってる。ほんとはアッシュも、ガイのこと……好きなんだ)
 フォンスロットを通じて繋がっていたからこそ、分かる。
 アッシュもまた、ガイのことを慕っている。
 それがルークがガイに対して抱いているのと同じ―――いわゆる恋愛感情なのか、それとも純粋な親愛の情なのか、そこまでは掴めなかったけれど。少なくとも、アッシュがガイを信頼し、好意を抱いていたことは事実。しかしルークが生まれたことによって、アッシュはガイからも引き離されてしまった。
(俺さえいなければ、今も……ガイの隣にいるのは、アッシュだった)
 その場所を奪って存在している自分。
 それなのに尚、アッシュを妬むというのか。
 自分こそが本当のルークだったら良かったのに。そうしたら堂々と胸を張って、ガイは俺のものだと主張することができるのに。―――そんなふうに思ってしまう自分がいることを、否定できない。
(最低だ、俺……)
 じわりと目尻に涙が滲む。
 それとほぼ同時に、不意にドアを軽くノックする音が聞こえて、ルークは慌てて頭から毛布をかぶった。
「ただいま、ルーク」
 名を呼ぶ声はいつも通り優しくて温かくて、ますます泣きたくなる。
 何も答えられずに黙り込んでいると、ガイがベッドに歩み寄ってきて、毛布の膨らみ―――頭の辺りを、そっと撫でた。
「……もしかして、さっきの話、聞いてたのか?」
「!」
 バレていた。
 そう気付いたルークは、びくりと肩を震わせる。
 盗み聞きなんてしてごめん。本当はそう謝るべきだと分かっているのに、ルークの口から零れたのは裏腹な言葉。
「俺が泣いて頼んだって、一度も外には連れてってくれなかったのに……アッシュの言うことなら、聞けるんだ……」
 呟く声が震えて聞こえるのは、たぶん、毛布をかぶっているせいだけではないだろう。居た堪れなくなって、ガイは毛布を少しだけめくって、今度は直にルークの赤毛をくしゃくしゃと掻き混ぜてやった。
「あの頃はまだ、そこまで監視が厳しくなかったからさ……。誘拐事件の後からすごく厳重な警備が敷かれて、こっそり抜け出すのが難しくなったんだよ」
「……そんなの、分かってる。分かってるけど……っ!」
 たとえ理解はしていても、感情が抑えられない。
 ガイのすべてを自分のものにしたい。誰にも渡したくない。独り占めしたい。
 それは紛れもない、嫉妬。
 今こうしてガイの隣にいるのはアッシュではなく自分なのに、ガイとアッシュとの思い出にまで嫉妬してしまう自分が、ひどく浅ましく醜い存在に思えた。それでも尚、胸の奥底からは狂おしいほどの想いが溢れ出してきて、もう止めることができない。
「やだ……ガイだけは、俺のガイでいてくれなきゃ、いやだ……!」
「ルーク……」
「俺、レプリカで……ほんとはそんなこと、思っちゃいけないのに……でも、ガイのこと、好きで好きでどうしようもなくて、どうしたらいいか、分かんなくて……っ」
「心配しなくても、俺はお前のものだよ、ルーク」
「ファブレ家から出てけって言われたら、出て行く……俺の場所、アッシュに全部返して、俺はもうルークじゃなくなったっていい……でもガイは、ガイだけはっ、返したくない……! 失くしたくないよ……!」
「大丈夫。他の誰のものにもならない。ずっとずっと、ルークだけのものでいるから……だからもう泣かないでくれ」
 子供のように泣きじゃくるルークを、ガイは自分の胸に抱き寄せて、あやすように何度も何度も背を撫でた。
「ごめんな……もしお前を連れ出そうとしたことが知れたら、俺はクビになるかもしれない。そしたら、お前の傍にいられなくなるから……それだけは嫌だから、旦那様には逆らえなかったんだ」
 一言一言しっかり言い聞かせるように語り掛けても、まだルークの嗚咽は止まらない。けれども根気よく、ガイはルークの背を撫で続ける。
「でも今はこうして、2人で屋敷の外にいるだろう? 小さい頃できなかったぶん、これから2人でいっぱい色んなとこに行こう。約束したよな、俺がどこにでも連れてってやるって。ルークの行きたいところ、全部行こう。2人で一緒に世界を見て回ろう。な?」
「……ぅん……」
 まだしゃくりあげながら、それでもルークが頷いてくれたので、ガイはほっとしてルークの身体を思いきり抱きしめた。ルークもガイの背に腕を回してきつく縋りついて、2人はしばらくそうやって抱き合って互いの体温を確かめ合っていた。
 やがてようやく落ち着きを取り戻したルークが、ガイからそっと身体を離して、涙に濡れた頬をごしごしと拭う。そして、まだ少し潤んだままの目でガイを見上げて、恐る恐る訊ねた。
「……アッシュがくれたプレゼントって……何?」
「青い石がついたアミュレットだよ」
「まだ持ってるって言ってたけど……今ここに、ある?」
「いや……屋敷に置いてきちまった。あ、でも、これならあるぞ」
 こう言って、ごそごそと自分の手荷物を探るガイ。しばらくして彼が袋から取り出したのは、押し花で作った栞だった。
「覚えてるか? これ、お前が俺にくれた花だよ」
「そ、それって、相当昔のだろ?! まだ持ってたのか?!」
「当たり前だろ。これは旅の途中でもちょっと本読んだりする時に使えるから、いつも持ち歩いてるんだ。他のプレゼントも、持ってきてはいないけど、大事に取ってあるよ」
 それを聞いた途端、ルークの顔が真っ赤に染まり、一瞬その口元が嬉しそうに緩んだ。しかしすぐにそれを打ち消そうとするかのように無理やり口をへの字に曲げて、しゅんと俯いてしまう。
「……俺、すげーヤな奴だ……。今ちょっと、俺のほうが勝ったって思っちまった……。俺はレプリカで、名前も居場所も家族も、全部あいつから奪ってここにいるのに……」
 そうやってすぐにレプリカである自分を卑下しようとするのは、ルークの悪い癖だ。けれども今はそれすらも愛しくて、ガイは再びルークを抱きしめる。
「もしお前が生まれてなくて、今でもまだアッシュがルークのままだったら、俺はたぶん復讐を捨てられなかったと思う。でもお前に出会えたから、俺は変われたんだ。だからお前はそんな自分に、もっと誇りを持っていい」
 たとえ復讐を果たしたとしても、消えてしまったホドが元に戻るわけではないし、死んだ家族が生き返るわけでもない。屍を積み上げた先に待っているのは、決して幸せな未来などではない。それはきっと、ただの空虚。もし復讐のためだけに生きていたとしたら、その目的を果たした瞬間、生き続けていく意味を失ってしまっていたことだろう。
 けれどもルークは、それ以外の選択肢があることを教えてくれた。血塗られた手では掴むことのできなかったであろう未来を、指し示してくれた。
 先ほどアッシュに「復讐とかそういうのはもうやめにした」と話したが、そうさせてくれたのは、他でもないルークなのだ。
「前にも言ったけど、レプリカかどうかなんて関係ない。お前がお前だから、俺は好きになったんだ。だから自分を責めるのはやめてくれ。……俺まで、悲しくなる」
「……うん……ごめん……」
「それにさ、誰かを好きになったら、その人を独占したいって思うのは当然だろ。俺だってそうなんだから」
「ガイ、も……?」
 そんなこと思いもしなかった、といった様子で、目を丸くしてガイを見つめるルーク。そういったことに疎いのは、まだ7歳児なのだから仕方のないことかもしれない。思わず苦笑を漏らしながらも、ガイはルークの耳元で囁くように言う。
「ここだけの話……ほんとは、ティアにも嫉妬したことある」
「え……えぇっ?!」
 驚きのあまり、ルークはガイの手を振り解いてがばっと顔を上げた。
「お、俺っ、別にティアとはそんなんじゃないからな?! 確かに、いい奴だなーとは思うけど、でもあいつすっげーキツいし怖いしっ! 俺には、その……ガイだけだから……っ!」
「分かってるよ。俺が勝手にやきもち焼いてるだけだから」
 あまりにも必死になって否定するルークが可笑しくて、ガイはぷっと吹き出した。けれどもその頬は、恥ずかしそうに赤く染まっている。そんなふうに照れるガイは本当に珍しいから、ルークも驚いて、そして同じように吹き出してしまった。
 そして2人で思いっきり笑い合って、ふざけ合って、じゃれるように軽く唇を重ねる。そうすると、今まで心の中にわだかまっていたものが全部すうっと溶けていく気がした。
 好きだからこそ不安になることもあるし、嫉妬してしまうことだってある。でも、こんなに幸せな気持ちは、ガイを好きにならなければきっと知ることができなかった。
(俺……やっぱり、ガイを好きで良かった)
 心の底から、そう思える。
 けれども面と向かって伝えるのはどうしても照れくさくて、言葉にする代わりに、ルークはガイの胸に頬をすり寄せて甘えた。するとガイはルークを抱き寄せて髪を撫でて、優しく囁いてくれる。
「好きだよ、ルーク」
 俺も、好き。
 声には出さず唇だけで呟いて、ルークはガイの腕に抱かれながらそっと目を閉じた。




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氷邑さまより、相互記念のガイルク小説をいただきましたー!!あああああ!!!!これぞ理想のガイルクアシュ三角関係!!!リクエストしてよかったです!!でもなぜか私の場合読んでるとルークでなくてアッシュの気持ちになってしまうんですよね…切ないっ!報われないアッシュ最高!!!(アッシュ、ごめんv)
素敵な小説、ありがとうございましたー!!!


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