長編

□第一章
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4限目の終わりのチャイムが校内に鳴り響く。
それと同時に今まで静寂を守ってきた校舎が一気に動きだした。
誰もいなかった廊下にも、トイレに行ったり友人と談笑したり、移動授業から帰ってくる生徒も混ざってひしめき合う。
2年4組はさっきの時間が体育だったので、体操服の入ったセカンドバッグを持った生徒がぼちぼちクラスに戻ってきていた。
悠も友だちの松本 早苗と一緒にたった今戻ってきたところだ。
「早苗、ご飯食べよう」
「おー」
バッグから弁当を取り出して椅子を早苗の机までずるずる引きずってきた悠は包みを開けた。
「いっただきます」
手を合わせ、さっそくおかずをつつきだす。
早苗も少し遅れて弁当の蓋を開けた。
「ん?」
「?」
弁当の蓋を持ったままこちらを凝視する早苗に、悠はたった今口に運んだ箸を握ったまま動きが止まる。
「なに?」
「ゆぅ、あんた袖のボタン1個取れてるよ」
「え?」
箸を持った方の腕を捻る。
本当は2個あるはずの飾りボタンが1個になっていた。もう1個があるはずのところには止めていたはずの糸だけがひょろりと伸びている。
「いつの間に…。どこで落としたんだろ。どっかに落ちてないかな」
机の下やその周辺をきょろきょろ見渡す。
「更衣室は?」
「あーそうかも。後でいってみる」
そういう話をして昼食後更衣室に行ってみたが、落ちていなかったので2人は教室に戻っていた。
「更衣室にないなら見つけるのは無理でしょ」
早苗があっさりと言う。
「それなら買うしかないかぁ。購買部にあったよね?いくらだっけ?」
「うーん多分。買ったことないからわかんない」
お財布の中いくら入っていたかなと思い出そうとしていた悠は、横からかかってきた声に少し反応が遅れてしまった。
「小沢さん」
「…ん?」
誰だろうとそっちを振り向けば――。
「あ、八神」
早苗が先に呟く。その目は珍しいものを見たかのように見開かれている。
「へい!?」
突然のことに変な返事を返してしまった。
案の定早苗からは「らっしゃーい」と茶化された。だが朝耶は特に気にする風でもなく、右手を差し出す。
「これ、小沢さんのだろ?」
手にはこの学校の校章と同じ模様が描かれたボタン。
「え?あ!うん。多分それだと思う。どこにあったの?よく私のだってわかったね」
受け取りながら、悠は見つかったことに素直に驚いていた。
「駅のホーム」
「人多いのに…ありがとう。もう購買に買いに行こうかと思ってた」
笑顔でお礼を言うと朝耶は頷いて、それじゃ、と短く言うと去っていった。
「八神くんていい人だー。わざわざ拾って届けてくれるなんて」
ボタンを握りしめながら小さな感動を味わう。
「まーね。でももう少し愛想があればね」
早苗は肩をすくめた。
「愛想のいい八神くんって想像できない…」
そもそも話をしないせいだろうけど。
「たしかにね」
失礼なことを言い合いながら2人は微妙な笑いを浮かべ合うのだった。

放課後になり、悠は1人で教室のベランダに出て、椅子に腰掛けていた。
なぜベランダに椅子があるのかというと、それは謎だ。誰が出したのかは知らないが、いつの間にか余りの椅子がベランダに置いてあったのだ。
日の短くなった校舎は茜色に染まり、そして悠自身も同様になっていた。
現在早苗は部活中。なので帰宅部の(これを部と呼ぶのかは甚だ謎だが)悠は早苗と帰るべく待っているのだった。
普段は一緒に帰ることはあまりないのだか、今日は部活がいつもより早く終わるということらしいので、それなら待っていると早苗に告げていた。
早苗が言うに、部活もいろいろ大変らしい。
そしてその大変さとは無縁の悠は、ただ待っているのもなんなので現在は裁縫中だ。
「……よし」
ぷちっと糸を噛み切って針を仕舞うと、膝の上にある制服を広げてみる。
「でーきた」
ボタンがきらりと夕日に輝いた。
きらきらするそれを少しの間見つめ、いそいそと羽織る。
「……」
羽織ってみても、やっぱりそのボタンだけが何故か他のより輝いて見えた。
不意に寒気に襲われ、ふるっと震える。
今まで裁縫に集中していて気がつかなかったが、日も落ちかけている外は結構冷えてきていた。
悠は誰もいない教室を抜け廊下へ出ると、トイレに向かった。

洗面台で髪を整えて廊下に出るとさっきまでは静かだったはずの、とある教室がえらく騒がしくなっていた。
窓は閉まっているので磨りガラスの向こう側でなにが起こっているのかは全く見えない。
思わず足を止めて少し上を見上げると、「生徒会室」というプレートが。
生徒会の人もまだ残っていたんだという感想を抱き、さぁ教室に戻ろうと足を動かしたところで、
ガラッ
行く手を阻むように前方のドアが勢いよく開いた。
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