長編

□第八章
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結局話は、隣のテーブルにいた親子連れが帰ったあとも話は止まることはなかった。
そんな中、悠はドリアを突きつつたまに会話にも入っていたが、常に心此処に在らずといった様子であった。
気になった朝耶が声を掛けようとすると、タイミング悪く、「飲み物とってくるよ」と言って立ち上がり、自分と莉沙の空のグラスを持つと行ってしまった。
「…」
莉沙は、ドリンクバーへ向かった悠をじっと見つめる。
「どうかした?」
莉沙から悠へ視線を移した早苗が最後の一切れを口に入れる。
もしかして莉沙も悠の様子が気になったのだろうか。
「…私、まだ何飲むか言ってないのに」
次はメロンソーダにしようと思ってたのになあ、と呟く。
(なんか…俺の気のせいって感じがしてきた…)
朝耶は小さく首を振った。
それでもテーブルに戻ってきた悠は、やはり様子がおかしいように感じられた。
話をしていても反応が鈍いし、どことなく動きも緩慢になっている気がする。
それに、頬が赤い。
「小沢さん、暑い?」
朝耶の言葉に早苗と莉沙、そして悠も「え?」と声を漏らした。
「…うん。ちょっと暑い、かな?」
暖房効きすぎてるのかな…?と、火照った頬を押さえて首をかしげる。
「そんなに暑い?」
早苗はちょうどよくない?と莉沙に同意を求めるが、莉沙は眉をひそめて隣の姉をじっと窺っていた。
「…ねえ、お姉ちゃん」
莉沙は悠へ手を伸ばす。
「え?」と振り向いた悠の顔をがしっと掴み、
そして――、
ごっち―んっ!!
頭突きをかました。
「………」
言葉を失う早苗と朝耶。
悠の表情は莉沙の手に隠れて見えないが、腕が宙で中途半端に静止している。
額を押し付けたまま難しい顔をしていた莉沙は目を開く。
「やっぱり熱がある!」
悠を睨みつけた。
「り…りさちゃん…」
頭をふらふらさせながら、悠は名前を呼ぶ。
熱とは別の理由で涙目だ。
「ふらふらだし!もうなんで自分で気づかないの!」
(いやそれは…)
(違う気がする…)
と思うだけで口を挟むことはできない外野2人。
莉沙は携帯を出す。
「莉沙?なにするの?」
「お母さん呼び出すの」
そう聞いた途端に悠は焦り出す。
「そこまでしなくていい!大丈夫だから」
携帯を取り上げようとする手をかわしながら莉沙は怒る。
「大丈夫じゃないでしょ!」
「大丈夫だから!」
いきなり始まった姉妹喧嘩に呆然としていた早苗だが、慌てて止めに入る。
「2人とも落ち着いて!熱あるんだから!」
「じゃあ早苗さんもお姉ちゃんを説得して」
「早苗、莉沙を止めて!」
2人からあべこべのことを言われ早苗は弱り果てた。
「あーもうどうしろって!?八神、助けてよ!」
目の前の騒ぎをどうすることもできず隣に助けを求めると、朝耶は莉沙の手から携帯をするりと抜き取った。
「あっ」と短い声が聞こえる。
そしてまだ相手と繋がっていないことを一瞥で確認するとパタンと閉じた。
「とりあえず落ち着いて。――小沢さん」
朝耶は悠を見る。
「熱があるなら安静第一だろ」
「ぅ…はい…」
注意すると、叱られた子どものように小さくなった悠。
朝耶は莉沙に「ごめん」と言って携帯を返した。
「親御さんはすぐ来れるの?」
「…仕事抜け出せば…」
返された携帯を手元に引き寄せつつ小さく言葉を返す莉沙。
「それって電車で帰るのとどっちが早い?」
莉沙はしまったという顔をする。
「……電車」
朝耶は頷き、悠の方を向く。
「あとは小沢さんが電車で帰る気力があるかだけど」
「ある、あります」
親を呼ばなくてすんだことにほっとしている悠は何度も頷く。
「幸いここから駅は近いし、次の電車の時間は――」
自分の携帯を開く。
「あと15分。ちょうどいいと思うけど」
「そう…ですね。お姉ちゃん、帰ろう」
莉沙は悠を急き立てる。
「う、うん。早苗たちは…」
「あたしは気にしなくていいよ。それよりお大事に」
悠は朝耶に視線を移す。
「俺も、気にしなくていいから」
自分が居てはいらない気を遣うだろうと、朝耶は1本電車を遅らせることにした。
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