長編

□第一章
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ホームに電車が入ってきた。
悠は周りの流れにのって、人を吐き出し終え、また呑み込みはじめた箱の中に乗り込んだ。
小沢悠はここから数駅先にある駅で降り、更に徒歩で歩くこと十数分のところにある高校に通う学生だ。
現在2年生だが、それもすでに半分が終わりを告げようとしている。
朝の電車の中は特有の空気に満たされていた。
今日が月曜日だから殊更そう感じさせるのかもしれない。
いつもの席に座った悠はいつものように視線を窓の外に向ける。
電車が動き出した。
ゆっくりと景色が流れだす。それを真っ直ぐ見つめる視線。
たまに何かに気付いたように小さく口元をほころばせている。
車内アナウンスが次の停車駅を告げているが、降りる駅はまだ先なので聞き流す。
窓の外は今日も青空が広がっている。

しばらく外を眺めていた視線を、今度は中へと移した。
前の方で喋っている学生たちは悠と同じ格好をしている。
つまり同じ学校の生徒だ。
そしてそのまま目線を右へ。するとまた1人同じ学校の生徒を見つけた。
しかも、今度は知っている顔。
彼の名は八神朝耶という。
開かれた本は何の本かわからない。彼は毎朝同じ席に座り、本を読んでいた。
何を読んでいるんだろう、と常々気になってはいたのだがなかなか聞くタイミングがつかめない。
彼とは同じクラスなのに半年たった今でも話したことは殆どなかった。
悠は彼を一瞬だけ視界にいれて、また視線を外に戻す。
悠がここを自分の特等席と勝手に決めているように、彼もまたあそこを自分の空間と決めているのだろうか。
そう考えると仲間ができたようでなんだか嬉しい。
思わず小さな笑みが浮かんだ。
そのとき悠の携帯がポケットの中で鈍く振動した。
取り出して開くと、慣れた手つきでボタンを操作する。すぐに何かを打ち返すと携帯を閉じ、ふぅ…、と小さな息が吐かれる。その顔は少しだけ困ったようだった。
今、顔をちょっとでも上げれば怪訝な顔をした人物と目が合ったのだろうが、あいにく悠の目はまた外の景色へと戻ってしまった。

その後電車は何事もなくに目的の駅で停車した。
ドアが開き、同じ制服の集団が一気に降りる。毎朝のことだが、ホームは人で溢れていた。
その中に悠も降り立つと、鞄を持ち直して歩きはじめる。
そのとき、袖口の飾りボタンの1つが鞄に引っ掛かって取れたのだが、本人は全く気付いていないため構わず歩いて行ってしまう。
このままでは誰かに蹴られてしまうところだが、蹴られる前にそれを素早く伸びてきた手が拾った。
拾い主はもちろん呼び止めようとしたが、既に悠の姿は人混みの中に紛れてしまった後だった。
仕方なく――朝耶はそれを自分のポケットに入れると、朝のラッシュで混雑する駅のホームを抜けるべく歩き出した。
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