長編

□第八章
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12月に入り、ますます寒くなってきた夕暮れ時。
悠は白い溜息を吐き出した。
「本当にもう…」
「大丈夫?」
早苗が心配してくれる。
身を切るような北風が頬を撫でていくものの今の悠は大して気にならなかった。
「大丈夫」
「ゆぅもなかなか大変だよね」
同情の眼差しを向けられる。
「せっかく全部のテスト結果返ってきたのにね」
早苗の方は寒そうにマフラーに首をすくめた。
「それについては八神くんには本当に感謝です」
悠は後ろにいた朝耶を振り仰ぐ。
「大したことしてないから」
謙虚なのか素直じゃないのか、朝耶は何食わぬ顔でそれだけを言う。
もしかしたら本当にそう思っているのかもしれない。
悠は困ったように首を傾げて苦笑した。

テストの時もそうだが、テストの返却も出席番号順のため、男子のあ行から順々に進む。
「八神」
呼ばれた名前に朝耶は立ち上がり、前に出てテストを受け取った。
席に戻る途中に点数だけ見ると、いつもの点は稼げていたことを確認する。
この数学で全てのテストは返ってきたことになるので、席につき今回の平均をざっと出してみた。
「なー八神、何点だった?」
背中をシャープペンでつつかれ、口で言ってもどうせ見せろと言われるので、ぺいっとテストを回す。
返却は女子の名前になっていた。
「小沢」
悠は前に出る。数学が一番苦手だというらしいのでその表情はやはり強ばっていた。
先生はそんな悠にテストを手渡しながらさっさと次の名前を呼んでいる。
受け取った悠はその場で確認することなく、足早に席に戻り一息つくと、恐る恐るテストを開いた。
「……!」
パァァ…と表情が明るくなる。どうやらノルマは達成したようだった。
よかったとそれを見守っていると、肩からテスト用紙が戻ってきた。
「サンキュー」
「あ、待ってよ!あたしまだ写してない」
後ろに貸したはずのプリントがいつの間にかその隣や周りに広がっていたらしい。
そんなことしなくても、どうせ今から答え合わせなのにと思ったが、それまでに返ってくればいいかと放置することにした。
「松本」
早苗が前に出る。
「――…よかったー!」
どうやら早苗も70以上だったようだ。
悠とは違い、受け取ったその場で見ているところがいかにも彼女らしい。
もう10教科以上見てきた光景だった。
「何点?」
「75!」
「おめでとー」
そして口々におめでとうと言う生徒たちとそれを見て何事かと驚く教科担任。
これも10教科以上見てきたことだ。
悠とは違い早苗はオープンだから、全ての点数をクラス中が知っている。
ここ数日の授業はテスト返却と答え合わせばかりだったのでその日の数学も例に漏れず、それで丸一時間が潰れるという比較的楽な授業だった。
「ゆぅも大丈夫だったんだよね?」
休み時間になるとさっそく早苗がすっ飛んできた。
「うんっ」
ちょうどクリアファイルに挟もうとしていたテスト用紙の端を捲る。
79と赤ペンで走り書きされた数字を見せる。
あと1点で80だったのにな…と少し悔しいが、頑張った結果がこれなのでとりあえずは満足だ。
「さすが。あたしより取れてる」
「あまり変わらないよ」
2人とも揃って数学は苦手なので、この結果では五十歩百歩だろう。
「とにかくさ、やったじゃんうちら!」
興奮した表情の早苗に悠も大きく息を吐いた。
「よかった本当に。数学が最後だったからすっごく不安だったんだけど…」
これで安心だ。
「これでどうだ吉T!ってかんじ!」
早苗は嬉しそうに言い、悠も「反応が楽しみだよね」と頷いた。
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