PPP3

□鳩が突いた華
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 暖かい、心地よい気候。舵も順調。
 少々傷みの窺えるメインマストは、真艫に小さく軋みの声を上げている。
 先日あった事件から続く寒気に肩を摩りながら、既に視界は目の前にでんと坐す島を捉えていた。

 “水の都”

 それが見えてからと言うもの、船長さんたちは堪え切れないように雄叫びを上げていて、その姿に思わず自身も楽しくなってしまい、小さく笑みを洩らした。
 それに隣の航海士さんが不思議そうに首を傾げる。それすらも自身の立場を忘れさせるには十分で、再び私は小さく笑ってしまった。



 上陸と共に「メシだあー!」と威勢良く駆け出そうとした船長さんを、航海士さんの拳骨が諌めた。勿論お金のことなど頭の片隅にすら毛頭ない彼を思えば、彼女の行動は実に当然だ。この船がいつまで経っても赤字経営なのは他でもない船長の胃によるものだと、コックさんが洩らしていたことをふと思い出し、再び笑みが込上げた。
 しかし1度「メシ!」と騒ぎ始めた彼を治める術などこの世のどこにも存在しない為、早々に折れた航海士さんは深い溜め息と共に頭を抱え、仕方がないと妥協案を持ち出すのだ。一先ず造船会社を訪ねるのは明日にして、丁度夕食時だからご飯を食べに行こうか、と。この時間では銀行も閉まっているだろうし、黄金を換金できないんだから上限金額を考えなさい、とまで。ここの財布の紐を握っているのは間違いなくこの子だと、今更ながらに応援の視線を送る。
 曲りなりとも海賊船であるし、それに山のような黄金も置いていくわけにはいかない。当然船番はという話になったが、それは例の如く大欠伸をかく剣士さんに決定された。勿論、恐怖政治のような権力でそれを決定したのは航海士さんである。一応、夕食は何か買ってくるし仕方がないから酒もと、そんな袖の下は存在したのだが。
 その役目に大した興味もなさそうにもう1つ大欠伸をかくと、剣士さんは分かった分かったとまたいつものように甲板に寝転んだ。

 先頭を勇んで掛ける船長さん達を諌める声を航海士さんは上げるが、そんなもの楽しみに逸る気持ちすら抑えられない彼らの耳に到底入っている筈もない。

 予想外に賑わう裏町を歩いていると、優に数十回めの溜め息を数えた航海士さんに呼ばれ、明日一緒に買い物に行こうと既にベリー柄にキラキラと輝いた瞳でお誘いを頂く。それにもちろんと返せば、彼女は再び楽しそうに笑ってみせた。

 あっちやこっち、次はそっちと、船長さん達の好奇心は渇くことなく移り気に目標を変える。ああ、ちゃんと前を見て歩かないと、そんな言葉を口にしようとしたのだが、それは徒労に終わる事になった。
 小脇にエプロンを抱え全力疾走していた人間と、双方一切のブレーキもなく激突したのだ。そして派手な衝突によって船長さんは自慢の麦わら帽子を、彼らがぶつかった人物はエプロンを石畳にばら撒いた。


 彼らと衝突したのはどうやら女性のようだ。いや、少女だろうか。激痛に盛大に叫ぶ声は高くて少女と呼ぶには随分と洗練されていて、強打した額を抱えて悶える姿は女性と呼ぶにはあまりにもあどけなく幼い。印象だけではどうにも判断のし辛い人物だった。

 「す、すすみません!」
 「いいのよ、こちらこそごめんなさい」
 「まったく、周り見て歩きなさいよあんた達!」
 「大丈夫ですかお嬢さん!」
 「は、ははい!ほんっとに申し訳ありませんでした!」
 取り乱したまま落としたエプロンを引っ掴み、土下座する勢いで謝罪を捲くし立て始める。

 よく舌を噛んでしまわないものだと、勢いよく捲くし立てられる謝罪にいつまでも圧倒されている場合にはいかず、慌てて差し出した手に彼女はどうしたと言うのか、突然眉間を顰めた。
 しかし顰められたと言っても、それは差し出された理由を案ずるようでも不快を表したものでもないようで、なんて事だ、今度はこちらが首を傾げる番である。

 「どうかしたかしら?」
 なにぶん賞金首という身分であるから、内心揺れた動揺を悟らせないように浮かべた微笑に、彼女は不思議そうに笑い返してくれた。

 「いやっ、あの、どこかでお会いしたことがあるような気がしたもので」
 「気のせいじゃないかしら、どこにでもある顔だから」
 「いやいや、おねーさん突飛抜けてお綺麗ですから!そこらへんに居ませんから!」
 「なら、どこで会ったのかしら」
 反射的にそう返すと、目の前の少女のような女性は「んんー」と激しく悩むように唸り始める。

 コロコロと表情の変る子だと、思わずくすりと笑ってしまった。しかし彼女は特に気を悪くするわけでもなく、相変わらず深く首を傾げだす。
 すると私の問いに頭の隅々まで使うかのように首を精一杯まで傾げていた彼女は、ぱっと思いついたかのように顰められていた眉は持ち上がり、一変して笑顔になったのには本当に込上げる笑みが堪えられなかった。あら、船長さん好みの可愛い娘だ。

 「分かりました。きっと、アレです」
 何が楽しいのか、こちらまでつられてしまいそうな笑顔の彼女の続きを待つ。

 「女神的なかんじです。おねーさん美人ですから、きっと」
 「・・・女神?」
 「ご不満ですか、ならヴィーナスで」
 「「「「「変わってねーよ」」」」」
 船長さんたちがそう声を揃えれば、一瞬だけあっ気に取られたように目を瞬かせたけれど、すぐにそれはあの小さな笑窪に変わった。

 「みなさん面白い人たちですね」
 「「「「「「お前ェーがな!」」」」」」
 またまた声を揃えた彼らを実に可笑しそうに肩を震わせていたかと思うと、思い出しかのように私の手を取り立ち上がる。

 それからぱんぱんと、自身のジャージに付いた砂埃を払いつつ顔を上げ、目の合った私に微笑み掛けるように彼女は繰り返した。

 「でもお姉さん、絶対そうですって」
 相も変わらずそう言い張る彼女に、またクスリと笑みが零れてしまう。それにますます彼女は笑窪を深めた。

 「ほら、そんな風に笑ったところなんて女神的なものそのものですもん」
 実に楽しいそうに笑いながらそう続ける彼女の一言が、音もなく私の身に染み渡ってくる。

 ああ、この娘はイイ子なんだと、出会って数分の段階だと言うのに、それは自身の中で確固たるものになっていく。それがなんだか不思議で堪らなかったのだが、それ以上に、


 「絶対そうですよ。自信、持っちゃってください」
 彼女の一言一言、彼女の笑顔や笑窪が、彼女の無垢が、私の闇を蹴り飛ばすように染み込んでくる。押し寄せてくる。飲み込まれそうになる。

 その温度差に思わず立ち尽くしたままでいる私を尻目に、先程より一層増した彼らの馬鹿騒ぎが彼女をも巻き込もうとしていた。

 「なー、お前どこか飯屋知らねーかァ?」
 「オレは旨いところがいいぞ」
 「なるべく安いところで頼む、じゃないとうちの金の亡者がおっかねーんだ」
 腹が減って死にそうだと船長さんが唸れば、それに船医さんと長鼻くんが続く。

 「ウソップ・・・金の亡者っていったい誰のことかしらぁ?」
 「いやナミ!落ち着けって、ちょっと口が滑っただけだって!」
 「なお悪いじゃない!」
 「てめッこのクソ鼻!ナミさんになんて口聞きやがる!」
 「もうっ、あんた達がケンカ始めてどうするのよ!」

 そんな彼らの様子から私はいつもの平常心を取り戻そうとしていれば、また実に楽しそうに笑いながら彼女は控えめにてを挙げ自己を主張するが、もちろんそんな喧騒の中だれも気づくはずもなく。

 「お食事する店をお探しですか?」
 忙しい彼らの変わりにと、なるべく微笑を浮かべたまま彼女の問いに頷く。

 すると彼女はますます笑窪を深め、


 「ご案内します!」
 おねーさんたちついてますね、と笑った。



 彼女の笑顔にクラクラするわ。







 (悪魔と謂わしめる私を“女神”という彼女は)(はたして蝙蝠か羊飼いか)
to be continue
少しだけ原作変えさせて下さい、すみませんここだけですので

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