小説2

□楚夢雨雲
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【楚夢雨雲】
said:Masaomi.K

青春とは後悔の連続だ。
どっかで誰かに言われた気がする言葉。
少年時代の後悔は大人になってから必要な栄養分となる。だから若い内に沢山後悔をするべきだ、と。
だけど余りにも後悔の連続だと、今度は心が折れてくる。
中学の頃はひたすら喧嘩ばっかやってたし、
それでいて裏社会に首突っ込んで痛い目にあったし、しまいには大事な彼女まで巻き込んじまったし、
若気の至りと言えばその一言で片付くだろう。しかし今回ばかりはそうもいかないんだな、コレが。

「ごめん、やっぱり俺、君の事嫌いみたい。」
精液と汗が染み付いたベッドの上で交わされた言葉。池袋の夜景を無機物な瞳で見詰めるその人は、本当に無機物な人形の様な顔立ちをしていた。
「君の直球過ぎる愛情表現とか、言動とか、本当に鬱陶しいの。」
辛辣な言葉とは不似合いな淡々とした口調。不思議と然程ショッキングには思えなかった。全てが彼の演技の様にも見えたから。
「煩わしい。」
何よりも不自然な事は、俺に伝えたい言葉なのに、伝えたい本人の顔を一切見ていない事。まるでその言葉に迷いがあるみたいだ。そんな事を考えられるくらい当時の俺は何故だか冷静だった。
「だからもう、こんな事やめて。」
俺達は付き合ってもいなければ、告白した事さえ無かった。いや、俺はちゃんと告白したつもりなんだけど、どうもいつものナンパと区別して貰えずあっさり流された。
言うなれば俺達はセフレ的な関係だったんだろう。
それでも俺は構わなかった。構わないと思えると言う事は、俺は体が一番の目的だったんだろう。
…いや、そんなサイテー男を見るような顔しないでさ…。
兎に角、その言葉、臨也さんのその一言で俺達のセフレ関係は終わった。セフレを一人失う事に関して心を痛める奴はそう居ないだろう。
居るとするならば、それは本当はその人の事が本気で好きだったのに、別れてからじゃないと気付けなかった大馬鹿者。
まぁその大馬鹿者が、現在の俺だったりする…。



「…最近の餓鬼は、本当にマセてやがるな。」
「ははっ、こんなにマセてんのは俺くらいなので御安心を。」
「大人になってから苦労するぞ。」
「もうじゅーぶん苦労してます。」
俺の長い長い愚痴(3割ノロケ)を、門田さんは途中で口を挟む事無く、何回か頷きながら聞いてくれた。そして長話を聞き終えた直後の感想がコレ。
「もうさ…本当に、俺らしく無いって感じ…」
「何がだ?」
「全部っすよ、全部。」
俺は溜め息をつきながら、公園の花壇に腰をおろした。日の入り直前の池袋の路地裏はアンニュイな雰囲気を醸し出しつつ、丁度良い静けさに包まれている。
「まず、俺が恋愛関係にこんなにくどくど悩んでるのがらしく無い。俺が一人の人間に執着してるのも、別れ話をされてこんなに悲しい想いをしているのも、全部気持ち悪い。
この気持ちを抱いているのは本当の俺なのか、全く別人の俺じゃ無いのかって思えるくらい…気持ちが悪い…。」
言葉を紡ぎながら俺は、自分の声が震えている事に気付いた。同時に目頭が熱くなっている事にも。だから俺は涙を流す事だけは我慢しようと、咄嗟に右掌で目元を覆った。
俺の隣に立つ門田さんは、そんな俺を横目に見ようともせず、ただ力強い声で言った。
「その感情について何を嘆く必要があるんだ?
寧ろ、やっとお前が青少年らしい恋愛感情が持てたって事で俺にとっては喜ばしい事だと思うぞ。」
門田さんは飲み終えた珈琲の空き缶を目の前のゴミ箱に投げ入れ、それからまた話を続けた。
「お前と俺は、まぁ割りと付き合い長い訳だが、昔っからお前は会う度に付き合っている相手が変わっていた。そんなお前が今更本物の恋愛感情に気付き狼狽えるのは当然だ。
しかしまぁ…これからはやっと健全な付き合いが出来るんじゃ無ぇの?」
驚いた。何に驚いたたって色んな事に。何と無く門田さんに愚痴ったんだけど、まさかこんなに真剣に話を聞いて、答えてくれるとは思わなかった。やっぱり昔から頼れる兄貴って感じはしていたけど、本当に何処までも頼れる人だ。
涙は完全に引っ込み、自然と笑顔がこぼれた。
「だけど、臨也のヤツも薄情だよな。こんな年下相手を散々翻弄しておいて最終的に別れ話を切り出すなんて…」
「?!」
今、飲みもの飲んで無くて本当に良かった。完全に「返せ」状態になるところだった。
「ちょ、ちょちょい待ち門田さん!一体どっからその情報仕入れました?!その…俺が臨也さんとそーゆー関係になってるって…」
「狩沢が妙にお前らの関係について語ってくるから、そうなんじゃ無いかと…」
やっぱりか!
しかしあの人も一体どっからそういう情報仕入れるんだろう…ある意味情報屋並みだ。
「そういや、門田さんがそんなに恋愛相談が上手いとは思いませんでしたよ。
やっぱりそういう経験豊富なんですかぁ?」
ほんのからかいのつもりで俺は門田さんに詰め寄った。てっきり焦るか怒るかすると思ったが、案外冷静に答えてくれた。
「そんなんじゃ無ェよ!…ただ、俺も今のお前と似たような状況なんだ。
ったく…俺も何であんなヤツに…」
そんな門田さんの言葉を遮ったのは大きめの音量の着うた。何処かで聞き覚えのあるメロディを男性の声で彩られていた。
『メ〜ルト、溶けちゃいそうだよ〜』
何時から其処に居たのか、門田さんの背後の電柱から狩沢さんと遊馬崎さんが顔を出した。
「あ、千景さんからのメールっすよ!早く見てあげて下さい!」
「解りやすいように、ろっちーからのメールは、ぱにょさんの『男視点・メルト』にしてあげたんだよぉ!」
「お、まえら…っ」
尚も鳴り続ける着うたを一回止めてから門田さんは振り返り、二人の元へ走って行った。
「勝手に人のケータイいじってんじゃねぇぇぇ!!」
「わーいっ!ドタチンのツンデレー!」
「誰がツンデレだ!」
俺にはその着うたの原曲も、ろっちーというのが誰かも解らないけれど、確かに門田さんも何かと恋愛関係に悩んでいる事だけは察した。二人を追い掛け回した後、門田さんは少し躊躇いながら携帯を開いた。その時の彼の赤面っぷりが全てを物語っている。
「門田さん、色々と有難う御座いました。何かあったら今度は俺に相談して下さいね。」
そう言いながら立ち上がり歩き出した。今の門田さんに聞こえているかは解らないけれど、特に返答は求めていないので良しとしよう。人通りの多い路地へと踏み出す足取りは、軽い。
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