本日も晴天なり。

□第一章
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大陸の南方、海に面して細長くその国土を広げたキリアス国にとって、海軍はいわばエリート職であった。
貴族の子弟のうち、二男や三男といった、家名を継ぐ事のできない者は勿論、家名を上げたい下級貴族の子供などが、こぞって海軍へと入隊を志願している。
その多くは、13歳頃から士官となるべく士官学校へ入学し、17歳から19歳ごろに、准尉の位階を与えられて海へと泳ぎ出るのだった。

「…で、本当に行くのか?エリー」

士官学校を卒業し、晴れて明日には初任務に着任する、といった日の夜。
トーラスは久々に、兄弟と食卓を囲んでいた。
その席上で、今更未練がましく上目使いで自分を見つめてくるのは長兄のユーリーだ。なるべく視線を合わせないようにしながらにっこりと微笑んで、トーラスは頷いた。

「勿論です。学校も出た、資格も取った、辞令も出た。それで着任しませんでした、じゃ、脱走兵になっちゃうじゃありませんか」

長兄、ユーリー・メレデスは色々と無駄にアレな人だ。
無駄にでかい。無駄に睫毛が長い。無駄にいかつい。
そして、無駄に末弟である自分が好きだ、というのが一番困る。
トーラスは優雅にナイフを扱いながら、ちらりと長兄を横目で見た。
でかい図体で、小動物のようにおどおどこちらを覗うのはやめて頂きたい―――だが、それを口に出すのはさすがに可哀想なのでやめておいた。

「脱走じゃなくてなあ。今からでも遅くないんだから、退役したっていいだろう」

そんなトーラスの内心にはこれっぽっちも気付くはずもなく、尚もユーリーは言い募る。
肩も胸も分厚い筋肉に覆われた、いかにも偉丈夫、といった見た目の三十路男が、まるで別れを拒む乙女のように、こちらの機嫌を何とか損ねないようにと話す姿は、いじましくもあるが、同時にちょっと不気味なものがある。
これでいて、自分の事以外には、威厳も度胸も兼ね備えた次期宰相候補の一人なのだから判らない―――本当に大丈夫かこの国は、と思いつつも、トーラスは切り分けた兎のローストを口に運んだ。

「別に今更海軍に入隊しなくても、お前には爵位も領地もあるだろう。今まで通り、家でのんびり好きな学問でもしていたらいいじゃないか」

トーラスが無言であるのをいいことに、ユーリーの嘆願は止まらない。
普通、兄が弟に何かを思いとどまらせるなら説得をするものなのだろうが、この兄は弟にめっぽう弱いのである。
本人にそんなつもりがなくとも、ちょっとした懇願のような口調になってしまうのだ。
だが。

「兄さん、その辺りでやめた方がいいですよ。愁嘆場みたいで食事がまずくなります」

それまで、無言で料理を口に運んでいた次兄のソフィア・ジルマーが、妙に冷静な声で、ユーリーを遮った。

「愁嘆場って…お前なあ」
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