本日も晴天なり。

□第三章
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青来歴29年5月21日 エリーズ・ダリル・トーラス記

本船が遭難してより、今日で10日目を数える。
現状は、はなはだ宜しくない。

我々航海士の任務において、最も重要なのは、現在位置の割り出しと航行路の確定である。
それは、日中は時間と太陽の位置から、夜間は星座の位置から、それぞれ計算で割り出される。
遭難した、といっても、船は航行可能な状態を保っており、航行路さえ算出出来れば、すぐさまの出航が可能だ。
しかし、我々は、未だいずことも判らぬ地点での錨泊を余儀なくされているのである。

時折降る雨で水分を確保してはいるが、この生活がいつまで続くのかが定かでない限り、水は無駄に使う事が出来ない。
また、食料も、通常の航行よりは多めに積んできたようだが、それも先の見えないこの状態では、惜しみながら消費するしかない。

本官が憤りを感じるのは、その点である。

現在、水夫たちは食事を一日二食に限定されている。
また、雑役夫に至っては、パンと僅かな水、具のないスープを一日に一回しか与えられていない。
にも関わらず、士官食堂においては、未だ潤沢な三度の食事と、あろうことか、アルコール、酒肴までが供されている。
これは人として、正しからざるものであると考える。
本官にそのような職権がある訳ではないが、
帰国が叶うのならその後、この記録と証人を以て、船長を告発する事も辞さない考えである事を、決意を込めてここに記すものである。












遭難した当初、船の損傷が最小限で済んでいた事もあり、さして深刻にならなかった船員たちも、ここにきて不安を持ち始めたようだった。
皆、時間が空けば食堂に集まり、一人になる事で想像してしまう不吉な未来を、何とか振り払おうとしているようにトーラスには思えた。

「だから!せめて酒肴はやめるべきじゃないんですか!?」

今日は、夜間勤務の始まる21時までの間、非番を与えられている。
現状を一番把握しているのは航海士長だろうが、その右腕と言われるジェスなら、何か知っているかも知れない。
彼の部屋を訪ねようと船内を横切っていると、厨房から、悲鳴のようなそんな声が聞こえた。

―――ん?何か揉めてるのかな?

扉の陰から首を伸ばして、こっそりと、熱気を逃すための隙間から厨房を覗き込む。
と、大きな寸胴のかかったかまどの前で、調理長のオータスと、その補佐のヘイルが、難しい顔をして睨み合っていた。

「俺にそんな権限がある訳ないだろう。いいから、早く、その仔牛の煮込みを仕込んじまえ」

話をそこで終わらせようと、オータスが言い捨てるようにヘイルへ指示を出す。
が、ヘイルはかぶりを振って、従う気がないことを示した。
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