本日も晴天なり。

□第五章
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船長室は第一層、船尾方向の行き止まりに作られている。
階段を下りて長い廊下を歩くので、そこに入ろうとすれば、誰かしらの目に留まる事になる。
人目のある場所、しかし、部屋自体は一番広く家具も揃っている、という点で、この船の中で身を守るのには最適な場所と言えた。
つまり、立てこもり、外敵を防ぐにはもってこい、という事だ。

「いったいどうすればいいんだ…もう11日目だぞ、11日目!いつまでこうしていなければならんのだ、わしが何をしたというんだ」

癇性に爪を噛みながら、ぶつぶつとリニバースが呟いている。
扉の前には、奥から移動した重い樫の机が、出入りを拒むように置かれていた。

「わしは今まで大過なく軍務を勤めあげて来たんだ。なのに、たかが大時化のせいで、その経歴に傷が付くとは!…もうダメだ、どうやっても予定通りになどテリスへは辿り着けない…」

ぶつぶつ、と、返事をまったく期待していない呟きが、呪いの言葉のように延々と続く。
その様子は、傍目に精神の異常を感じさせた。
少し考えれば、悪天候による予定のずれなど、褒められたものではないにせよ、それほど重大なものではないのだ。
しかし、今の船長には、それが判らない。

「…そう、あなたのせいではありません。ですが、お気を付け下さい。あなたに責を負わせ、貴方を陥れようとする人物がいるのかも知れません」
「君もそう思うかね。ああ、何てわしは運が悪いんだ…」
「天候ばかりは、誰にも、どうにもなるものではありません…まことに遺憾ですが。このまま、食べるもの、水が減っていくのをただ待つしか…」
「ああ、ああ、どうしたらいいんだ!飢え死にを待つなど、わしはいやだ!」

まるで子供のように、船長は両手で身体を抱き抱えて丸く縮こまる。
恰幅の良い身体が、ぶるぶると小刻みに震えている。

「ですが、実際、日、一日と食糧は減っていくんですよ。仕方がありません。60人もの男たちを乗せている船なのですから」
「奴らが食わなければいいのだ!」
「そういう訳には…」
「揃いも揃って、船を進める事も出来ない役立たずのごく潰し共だ!いなくても何ら支障はないだろう!」
「……………」
「死ね!死んでしまえ!わしのような人間こそ、生き延びる価値があるのだ!やつらのようなゴミなど、幾ら死んでもかまわんのだ!」

口角から泡を飛ばして、船長は叫んだ。
狂気に支配された部屋は、また余計に人を狂わせる。
最早、リニバースは、自分が何を叫んでいるのかも判らなかっただろう。
時計の針だけが、コチ…コチ…と、冷静さを保って冷たく時を刻んでいた。












「おお、少尉。酒持ってねえか、酒」
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