本日も晴天なり。

□終章
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濃い朝靄が、立ち上る水蒸気と共に視界を埋めて行く。
遠くに霞むような陸地の影がある他は、乳白色のとろりとしたヴェールだけが、見る全てを覆っている。

そんな中、極めて粛々と、ボートは海面に下ろされて行った。
1隻、また1隻と、人と物資を最大限まで積んで、緩やかに波打つ水面へと旅立って行く。

ボートを下ろす度、支える綱がぎし、ぎしと船体を軋ませた。
僅かに左舷を傾かせては、索具が揺れて均衡を保とうとする。


その音を、トーラス達は閉じこもった部屋の中で聞いていた。
ここは副船長室、トーラスを始めとする使節団組、そして奴隷たち、何のついでか料理番のヘイルが顔を並べている。

私物と、1週間分の物資が入った木箱で、部屋はぎちぎちに溢れていた。
人の方が縮こまっているようだ。

「…どうやら、無事に進んでいるようですね」

感慨深く、トーラスが嘆息まじりに呟いた。
壁に寄りかかるようにして立ちながら、念願のアルコールを瓶からちびりと舐め、アグモンドが僅かに笑みを浮かべる。

「さて、思い直すなら今の内だぜ。なあに、誰も責めやしないさ。もしいるなら、遠慮しないで手を挙げな」

彼一流の悪ふざけなのか、楽しげな声で歌うようにアグモンドは言ったが、誰もそれに応じる者はいなかった。
それどころか、イオゼルドが凍りつくように冷ややかな目で、男を一瞥したものだ。

「そう思うなら、お前ひとりで降りたらどうだ?ディシア。何、誰も止めやせんよ」
「ご冗談を。これでやっとせいせいするんだ、俺は祝宴でも開きたい位だぜ」
「調子に乗るんじゃない」

また、二人の怒突き合い漫才が始まるか、と思われた所へ、グウェンがまあまあ、とにこやかに割って入った。

そんなやり取りを見ている内にも、時間は刻々と過ぎて行く。
―――やがて。

「失礼します」

コン、と控えめなノックと共に、低く潮焼けした声が聞こえた。
この部屋の正当なる持ち主、ハルツ副船長だ。

「―――どうぞ」

主が座るべき椅子に陣取って、トーラスは応えた。
彼を取り囲むように、全ての仲間がそれぞれの立ち位置を決めている。

静かに、扉は開いた。

「お疲れ様でした、ハルツ殿」

トーラスの言葉に頷きながら、その人は部屋へと一歩進んだ。
こなれた美しい敬礼を、そこにいる全員に向けてぴしりと決める。

「総員、下船しました。―――あとは私たち、事情を知る者たちのみです」
「そうですか。…では、お見送り致しましょう」

トーラスの言葉に、それまでだらりと過ごしていた男達が、それぞれの思いを胸に、無言で立ち上がるのだった。
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