本日も晴天なり。

□第二章
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雑役夫を第三層に。
ハルツがそう口にした途端、甲板に並んだ全員が、声を出さないままざわめいた。
最下層である第三層には、元々、雑役夫たちの大部屋がある。彼らはそこで、狭い寝台さえ与えられず、床に毛布を敷いて重なるように眠るのが常だった。
今までは、雑役夫も夜間に当番制で勤務を行っていたが、これは。

「…それは…事実上の監禁ではないのですか」

思わず口を開いたトーラスへ、ハルツは険しい顔をより厳しくして睨みつけた。

「これは命令だ。君の意見を聞きたい訳ではない」
「……………」

雑役夫たちは、全員が、海軍で買い上げた奴隷だった。
この状況下において、彼らを監視しつつ一か所にまとめる、というのは、つまり。

「暴動、もしくは反乱の恐れがあるという事ですか」
「黙りたまえ!」

怒鳴るハルツ自身の表情も、その措置に納得していないと判るものだった。
だが、彼は副船長だ。
彼自身が、命令系統の規律を乱す事は許されない。
ハルツはざわめく部下たちを抑えこむように視線でひと撫ですると、まるで自分自身に言い聞かせるように告げた。

「…明日より、食糧確保の為、食事と水分の制限が敷かれる。特に、雑役夫たちは一日一食になるそうだ。暴動が起きてからでは遅い。よって夜間は彼らの動きを止め、武装しての監視を必ず置くことになったのだ」

そんな!と、水夫の一人が叫んだ。それで堰が切れたように、あちこちから非難の声が上がる。

「飢え死にさせるのかよ…」
「殺すのは、幾らなんでも寝覚めが悪いだろ」
「そもそも、まだそこまで逼迫した状況じゃねえよなあ」
「誰だ、そんな事考えた奴。食糧なんて、必要量の二倍近く積んであるんだぜ」

騒然となった甲板の上で、一人、トーラスだけが列を抜け出し、ハルツに向かって一歩進み出た。

「…ハルツ副船長」
「何だ。トーラス少尉」
「それはつまり、万が一、今後状況が悪化したら、」
「…それ以上言うな。君の予想は正しい。だがそれを、気付かぬ者達に気付かせてはいけない。混乱を起こす気か?」

ハルツは静かに諭した。彼自身、憤りを押し殺しながらの返答だった。

「誰ですか、そんなバカな事を考え付いたのは。自らの身に跳ね返って来るのが判らないんですか」
「……………」

やりきれないのは、ハルツも同じだったのだろう。沈黙がそれを物語っている。
二人のやりとりは、制止する者のいないざわめきに紛れて、誰にも注視されなかった。それがせめてもの幸いだった。

「…君の今の暴言は、聞かなかった事にする。何度も言うが、これは決定事項だ。命令に従うように」
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