本日も晴天なり。

□第三章
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「この状況で、何でそんな贅沢なものを作る必要があるんですか。ソースに回す分の野菜で、水夫たちの一食分、奴隷たちの一食半分が浮くんですよ!?」

―――それは初耳ですねえ。
ソースなんて液体っぽいのに、何でそんなに野菜使うんでしょう。うーん、この航海から帰れたら、次は料理を勉強するのもいいかも知れませんね。

トーラスが焦点のずれたことを考えている間にも、厨房の中の空気は険悪さを増していく。

「船長から、食事の質は落とすなと言われてるんだ。いいから早く仕込みを始めろ」
「この状況で、そんな悠長な事言ってられないじゃないですか!」
「船長の命令は絶対だ!」
「食材をコントロールするのも料理番の仕事だと思います!」

言い争いは、声を落としたものから、怒鳴り合いに近いものまでへ変化していた。
両者とも一歩も譲らず、睨み合っている。

「…もういい。頭冷やしてろ」

が、先に視線をはずしたのは調理長の方だった。
ふ、と視線が泳いで、ヘイルから逃げるように一瞬、下を向く。

「……………」

ヘイルはその仕草に何かを感じ取ったのだろう。
無言のまま調理長に背を向けると、足音も荒く扉へ向かって歩き出した。

―――おっと、やばいかな?

盗み見をしていたトーラスは慌ててその場を離れようとしたが、少しばかり回避行動に移るのが遅かったようだ。

「………あ」
「何やってんですか、トーラス少尉」

勢いよく扉を開けたヘイルが、わずかに呆れた顔でトーラスを見下ろす。
トーラスはごまかし笑いを小さく浮かべて、ちょっとこっちへ…とヘイルを手招きしてみるのだった。

「…ホントは、俺が無茶言ってんの、判ってるんです」

二人は甲板に出た。
広い甲板には、いつでも何かしら作業している水夫や、哨戒の兵士がいたが、何も装備のない船尾には人影もなく、恰好の密談場所になっている。

「うちの船じゃ、船長は絶対だ。意見しようとすれば、すぐに降格、減俸、でっちあげの罪で除隊、フルコースでついて来るのに。調理長には、陸で待ってる人がいるから、逆らえやしないの、俺も判ってるのに…」

地べたにずるずると座り込み、抱えた膝に顔を埋めながら、ぼそぼそとヘイルは呟いた。
トーラスは付き合ってしゃがみこみながら、うんうん、と、独り言めいた彼の言葉を聞いている。

「でも、食事もしないで重労働してる人がいるのに、何で士官だけそのままでいられると思うのか、俺には判らないんです。本気で食料を心配してるなら、皆で制限をかけて、我慢するのが本当だと思う。なのに」

ヘイルは、心底落ち込んでいた。情けなかった。
顔を埋めた膝に、めり込んでしまいたいくらい情けなかった。
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