本日も晴天なり。

□第七章
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彼が母と会ったのは、母に与えられている控え室での事だった。その帰り道、伝令の小者に呼び止められて聞いてみれば、宰相殿が内密にお呼びです、と言われる。
ジェスには勿論、宰相とは何の面識もなかった。彼と宰相には、当然公私共に何の接点もない。
―――私のような者に何か用があるとも思えません。人違いでしょう、とジェスは言ったが、小者は彼を名指しだと譲らなかった。
小者が叱責を受けるのも哀れだ、と思い、取り敢えず、ついて行ってみる事にしたのだという。

そう語りながらジェスは、両手で、伏せた顔を覆った。

「それが、そもそもの間違いでした」




















通されたのは、あまり人通りのない、貴族たちの使う控え室が並ぶ一角の、小さな部屋だった。

ためらいながらも入ってみると、そこには、宰相のほかにもう一人の人物がいた。
たっぷりと裾を引く豪奢なドレスをまとい、羽扇で口元を隠すようにして入口を睥睨する、見るからにかなり身分が高いだろうと解る貴婦人だ。

どういう事か、やはり人違いではないか、とジェスは思った通りの事を告げた。
しかし、宰相は首を横に振ってみせる。

「君を待っていたんだ。―――まずは紹介しておこう。こちらのご婦人に、君はお目にかかった事がないだろうからな」

宰相がそう言うと、貴婦人は羽扇にぱちん、と音を立てさせて、それを閉じた。
もう、中年をいくらか過ぎたであろうその人は、手入れの行き届いた髪を高く結いあげ、値段を聞いたら馬鹿馬鹿しくなるだろう、大粒の真珠を飾りに散らしていた。
元々は美しい人だったのだろう、大きな瞳と、抜けるような白い肌をしている。
が、その柳眉は険しく歪められ、眼にはけんのある光が輝いていた。

当然、ジェスには、彼女を見たことなどない。
戸惑っていると、その女が嫌そうに口元を歪めて、扇でジェスを差した。

「控えおろ。そなた、礼儀の一つも知らぬのかえ?」
「―――こちらは、現国王リディア・ギニウス陛下の御妃君、イデリア王妃にあらせられる」

王妃をなだめるように、宰相は告げた。
ジェスは、それを聞いても、唖然とするばかりだった。

まさか自分に、宰相が話などある訳がない。
こうして呼び出されただけでも不思議な話であるのに、王妃までもが同席とは。
あまりの事に、思考が追い付かず立ち尽くしているジェスの肩を、今度ははっきりと、王妃の扇が強く打った。

「控えよ、と言うたであろ」
「―――御意。申し訳ございません」

我に返ったジェスは、慌てて右手を左胸に当て跪いた。
軍人としては最敬礼にあたる形だ。
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