本日も晴天なり。

□終章
2ページ/14ページ















―――連れられて逃げる気、ある?

そう言ったグウェンの目は、しかしその気軽そうな口調ほど、明るいものではなかった。
むしろ今までにない真剣さを以て、トーラスの視線を捕えている。

「―――どういう事ですか」

ためらいながら口を開いたトーラスの、その眼を覗き込むようにして見つめた後、若者はふう、と軽く息を吐き出した。
そうして、自分を注視しているその場の全員の目を順に見遣り、何度か口を開閉させる。

言葉を選びあぐねているような仕草だった。
そして、誰もが、そんな彼の様子をただ、じっと見ていた。

「…そこの中尉さんがこのまま国へ帰れば、一族郎党冤罪で処刑」

と、項垂れたままのジェスを指す。

「あんたが無事に役目を果たして国へ帰っても、そこの中尉さんはやっぱり冤罪で一族全員が処刑」

トーラスに目を向けた。

「尚且つ、あんたは、これからも王位争いで面倒な思いをしなきゃならない。―――でも、あんた、そういうの嫌いなんだろ?」
「勿論です。その気もないのに、面倒ったらありゃしませんよ」

迷う暇もなくトーラスは頷いた。
だいたい、今になってこんな騒動が起こった事こそ、彼にとっては思慮の他だったのだ。

「で、さ。中尉さんにとっちゃあ、一番いいのは、自分が手を下すまでもなく、トーラスが死ぬか、いなくなる事なんだよな。でも、そうもいかないだろ」
「当たり前です」

確かに、面倒事も、争い事も御免こうむりたい。
しかし、だったら自分が死んでみせましょう、とやれるほど、トーラスは人生を達観出来なかった。

「だからさ。
この騒動が、極めて一部の目にしか触れてないのが幸いしてるんだ。
あんたも死んだ、そこの中尉さんも死んだ。
―――そういう事にして、知らない土地で、まるっきり新しい人生を生きてみる気はないか?
そうすりゃ、全てが丸く納まるんだ」

だけど、と彼は続ける。

「その為には、あんた達は、全てを捨てなけりゃならねえよ。
家族、恋人、地位、身分、名前―――今までの自分を自分たらしめる全てのものを、ここに捨てていかなけりゃならねえんだ。その覚悟はあるかい?」

―――すべてを、捨てる。
それは、言葉ほど簡単な事ではなかった。

自分を溺愛する兄、ユーリー。
自分が死んだとなれば、彼は悲しむだろう。
ソフィアだって、見かけほど自分に無関心ではなかったと、今なら解る。

遠巻きにされてはいたが、それなりに友人もいた。
帰るつもりだった。
家にはまだ、ずっと手元に置いておきたいと思った本や、思い出の品がそのまま残されている。

親しい人たちの声。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ