EXO2

□ゆっくりと蝕む憂鬱に
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ゆっくりと蝕む憂鬱に。





ルハンが、「おい、もう準備すんぞ」って振り返った先。


タオは、絶句したように自分のスマートフォンを見ていた。





ルハン「・・どうした?」



タオ「ジョンヒョン先輩・・・亡くなったって、」



ルハン「は?」




タオはウェイボの画面を見ながら指をスクロールさせる。


ことの重要性に気づいたルハンが、すぐさまPCの電源を入れる。





ルハン「・・・・・うそだろ・・?」



言葉に、つまってしまう。


事実が、受け入れられない。


これが、事実なわけない。



無機質なSMの公式文章を眺めながら、ルハンが「韓国語に乏しくなったから読めねぇな」なんてふざけても、

タオは無表情のまま、スクロールを繰り返している。



一通り読み終えた後、思い立ったように長文を両指使いで打ち込みだすタオを見て、



ルハンは荷物を床に下ろして、出かける準備をやめた。





それから自分も、ギッ、とPCの前の椅子に腰を下ろすと、タタタッと短い文章を打ち込んで、それをネットにあげた。




クリスを追うように後を追って出ていってしまった自分たちを、決して怒るわけでもなく、責めるわけでもなく。ただ普通に。「また明日な」と同じ口調で、「また会おうな」といってくれた。

そんなあったかい人が同じ会社にいたんだって。

中国行きの飛行機に乗る前のタクシーに揺られながら思ったのを、タオは思い出していた。


足の怪我で、憂鬱な気持ちになってた時、体を「大事にしろよ」と湿布をくれたのを覚えてる。


あの人と、同じ事務所でなくなることを、ほんのちょっとだけ後悔したような。

あの日のことをまだ、鮮明に覚えてる。



土地や言葉に不慣れだった自分たちにも、ステージの上でずいぶんとかわいがってもらった。


雲の上のような人。


同じステージに立てた時、本当に存在していたんだ・・・と初めて実感するほど。神様みたいな人だと思ってた。


その人が今・・・・本当に、神様のところへ行ってしまった。



悔しいとか、悲しいとかよりも、ぼくがまず、何か彼にできたことがあっただろうか・・・と思い起こしてみて。


結局何もなくて。



ただ僕が、自分自身の記憶の中の彼を失って寂しいんだということに気づいた。



でも同時に、


たしかにここに、胸の内に、彼が存在していることに気づく。


いつまでもあったかい彼が、たしかに今、この、遠い中国のぼくの胸をあたためている。


あの時、背中を押してくれた、僕を庇ってくれた、僕に自信ををくれた彼が、たしかに。




そのおかげで、今、ぼくがいるんだということ。




これは、紛れもない、事実だ。





タオ「ルーハンの憂鬱は、なくナったか?」



ルハン「ア?あのクソ女の憂鬱だったら一生付き合ったって尽きないと思うけど?」



タオ「じゃあ・・・憂鬱と共存してルか」



ルハン「器がいっぱいにならない程度には、誰だってそんなもん持ってんだろ」



タオ「持っテるか‥」



ルハン「溢れないように飲み込んだり、誰かに吐き出したりして調整すんだよ」



それからルハンは、溢れたらそりゃあ・・・・ドロドロに溶けて、自分でいられなくなるんじゃねぇの、と付け足して。もう一度荷物を床から持ち上げた。




タオ「どろどろになっても・・・天国に行けたかな‥」


ルハン「あんなにいい人が他にどこに行くんだよ。一番見晴らしのいいところに決まってんだろ」



タオ「そうだね。歌にも描けない美しさっていうよね」


ルハン「竜宮城は違うと思うぞ」



タオ「あれ、そうだっけ」



ルハン「そしたら亀に乗って戻ってきちゃうじゃん」



タオ「あ、本当だ」


ルハン「まぁでも・・・・戻ってきたら・・・・いいよな」


タオ「うん・・」


ルハン「それまでに、もうちっとビッグになってようぜ」



タオ「・・ぼくの胸に今ある憂鬱は・・・・そのうちタオを蝕んで食うか?」




ルハンは荷物を持ったまま振り返り。

タオの持っていた手提げもぶんどって、自分の段ボールの上に乗っけた。




ルハン「させねぇよ。俺たちは蝕まれないために"出た"んだ。全部俺にぶちまけていいから。ここではしゃべっちゃいけない言葉は何もないんだ。いなくなったり・・・するなよ」



ルハンはそういうと、肘でタオのお腹を小突いた。




タオ「いたいお〜」


ルハン「生きてる証拠」




手ぶらで何も持つものがなくなったタオが、可笑しそうにドアノブをルハンのためにひいてあげた。



タオ「・・偉大な人だったね」


ルハン「あの人は韓国に飲み込まれたんだ」


タオ「悪いか?」


ルハン「どうかな。生粋の韓国人だったんだよ。俺らとは違う。それか、音楽の女神が連れてったか…めがみも女だから」


タオ「それは違うと思うな」


ルハン「あっそ。でももう・・・・元気かなぁ・・・とかじゃなくて、思い出すことしか出来なくなったんだな」



うん、とタオは小さく頷いた。



胸の中の憂鬱が、少しだけ熱が広がるようにからだを食い荒らしたような気がした。



それはじんわりと、


気付かないくらい小さな綻びで。











【ゆっくりと蝕む憂鬱に】


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