短編

□ケーキより甘い…?
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クロコダイルはしばらく待ってから、疑問の声を出した。


「……どういう風の吹きまわしだ。これは」


その質問に、懐でうずくまっている彼女は答える。…正確にはうずくまるではなく、クロコダイルに“抱きついている”状態なのだが。
ななしは短く、一言だけ。


「ん。プレゼント」

「…意味が分からねェ」

「だからね、これは“プレゼント”なわけ」

「………」


ちっとも的を射ていない回答に、クロコダイルは眉をしかめた。
いつものように書類仕事をしていたクロコダイルの膝の上に、ななしが何も言わずに乗ってきたのが数分前。それからクロコダイルの背中に手を回し、心音を聞くように胸に顔をつけて「ぎゅっ」と抱きついたまま微動だにせず離れようとしない。
普段は自分から抱きつくことなんて有り得ないななしが今日はやけに積極的で、クロコダイルは内心気持ち悪いと思いながらもまんざら嫌な気はしていなかった。

ただ、普段やらないことをやる人間には“それなりの理由”があるものだ。

それが証拠か、ななしは “プレゼント”と言う言葉を口にした。クロコダイルが黙っていると、ななしは言葉を継ぐ。


「ほら、今日ってクロコダイル『誕生日』でしょ?」

「…そんなもんは覚えてねェ」

「……とにかく、今日は誕生日なの!」


自分の誕生日など覚えていなかったので、クロコダイルは煙を吐き出しながらあっさりと切り捨てた。その反応に不服とばかりに口を尖らせながら、ななしは「それでね」と続ける。


「折角だからケーキ作ろうかなって思ったんだけど、ここって砂漠だし暑いでしょう?」

「…あァ」

「そんな暑い所じゃ、ケーキ溶けちゃうじゃない。傷んでも大変だし」

「………」


確かに、それは一理ある。

だが保冷技術が無いわけではないし、常温で保存さえしなければ問題ないのではないだろうか。…大方今朝にでも思い出して、ケーキなど手の込んだものを作っている時間が無かっただけだろう。
手に取るように分かるななしの思考を読んだクロコダイルは、口の端をつり上げると皮肉を漏らした。


「……それで“コレ”か」

「そ。我ながらいいアイデアでしょ!」


ななしは「ふふん」と笑いながら、自画自賛している。それから「いやぁ、上出来すぎるんじゃない!?」とも言っていた。

と、そこへ


「あら。お邪魔だったかしら?」


聞き覚えのある、穏やかな声が入り込んできた。声の方へと視線を向ければ、いつものように笑みを浮かべたミス・オールサンデーが立っている。
ななしもそちらの方へと視線を向け、「あ、ロビン!」と言った。


「仕事は終わったのか」

「えぇ…、ごめんなさい。取り込み中だったとは知らなかったから、入ってきてしまったわ」


そう言ってから、ミス・オールサンデーはななしの方へと視線を移す。恐らくななしが笑ったのか、もう一度「にこっ」と笑って。


「随分と情熱的ね。見ているこっちまで暑くなるわ」


などと皮肉めいたことを言う。
それにななしが、至極明るい声で返事をした。

恐らく、ロビンに伝えることしか考えてなかったのだろう。


「それがね。結構涼しいんだよ、ここ」


突然、ななしは妙なことを口走ったのだ。


「あら、そうなの?」

「うん。きっと砂だからだね、ちょっとひんやりしてるの。…もう外はどこに居ても暑いから、ここでちょっと涼…………あ」

「………」

「フフフッ」


うっかり口が滑って、爆弾は思わぬ場所で炸裂した。


「じゃあ、私は失礼するわね。…ごゆっくり」


しかもその原因を作ったであろうロビンは、まるで何事もなかったかのように社長室をあとにする。残ったクロコダイルは無言のままで煙を吐き出し、ななしはと言えば一瞬で真っ青になった顔のままでロビンの去った方向を見ていた。

その状態が数秒間続いて、


「……ななし」

「……っ!!?」


ぽつりと静かになった空間に名前が出れば、ななしの肩が「びくっ」と震える。


「…この“理由”は、それか」

「………怒って…る…?」


錆びた音が鳴りそうな動作で、ななしは首をゆっくりとクロコダイルの方向へと向けてくる。

ななしの“それなりの理由”は、「涼しい場所が欲しい」だったようだ。

確かにこの部屋は地下にあって、周囲は水で囲まれている。地上の熱も届かないような、見た目にも涼しい場所だ。
おまけに今日は誕生日も重なって、丁度いいと思ったのだろう。


「そんなくだらねェことで腹を立てるほど、おれは小さくねェ」


しかし、うっかり口を滑らさなければバレなかったのに……残念だったな。

口の端をつり上げて、クロコダイルは嗤った。


「確かおめェは“プレゼント”だったな、ななし」

「え、あ、えーっと……やっぱりケーキ…焼こうか…?」

「いらねェ」

「いや…焼くよ。誕生日にはやっぱりケーキだもんね、うん。だから私はこの辺で…」


そう言って膝の上から降りようとするななしの腕を、流れるような動作で掴むともう一度自分の方へと引き寄せた。

口から出て行く声はひどく愉しげで、


「おいおい、プレゼントがどこへ行く気だ?」

「ちょっと厨房へケーキ作りに…」

「その必要はねェだろう」


まだ腕を拘束したまま、クロコダイルはななしの言葉を遮る。
そして


「ケーキの“代わり” は、ここに居るんだからなァ」


わざと耳元でゆっくりと、そう言ってやった。










ケーキより甘い…?








言い終えると、瞬間沸騰のように一瞬でななしの耳は真っ赤に染まった。
しかし顔だけは丁寧に青ざめていて、まだ油は切れたままのようだ。


「……なんか寒気がしてきた…」

「寒気か…それは大変だなァ」

「え…っ、あ、しまっ…!!」


ななしは口を押さえるが、もう後の祭り。しっかりとクロコダイルの耳には届いていたようで、満足げに笑っていたのが目に入った。

『墓穴』とは、まさにこのことなのかもしれない。

当然、クロコダイルが「だったら、温めてやらねェとなァ」と言い出したのは言うまでもなく。ななしが訂正しようと慌てふためき始めたのも、言うまでもなかった。


「今の無し! 私あったかくなった!」

「…何を今更言ってやがる。元々プレゼントだの何だのと言い出したのはおめェの方だろう、ななし」

「うぅ…、まあそうなんだけどさ…」


「でもまだ…準備が…」などと一人ごちているななしに、クロコダイルが


「おめェは今日一日、“プレゼント”らしく大人しくしていろ」


と言えば、短く返事をしてななしは黙った。



「……ねえ、クロコダイル」

「なんだ」

「…誕生日おめでとう」

「…あァ」





おしまい





§ケーキよりあとがきは甘くない§

そんなわけで、ダッシュで作ろうとしたら0時更新に乗り遅れました。
考えてみれば連載再開した頃には年齢が変わっているので、
「44歳の誕生日は今年が最後なんだろうな!」と…勝手に一人で盛り上がってましたごめんなさいすいません(しかも書いてるのがBW時代という明らかに44歳違うとか……あれ?)。

個人的に“砂は冷たいもの”ということで「くっついたらひんやりしてていいんじゃないかなぁ」と思って派生したのですが、深く考え直したら「夏の砂場とか地獄だから! あっついから!」と言う考えにも至ってきたので、あまり深くは考えないでください…。


とにかく、
クロコダイル誕生日おめでとう!
いつまでもその色気を携えていてください! みんな、そんな社長が大好きです!! 
生まれてきてくれて有難う!! 新世界でも死なないでね!!(切実)


…需要云々はさて置き、一応今月末…9月いっぱいはフリーにしようかと思っております。まあいつもの手際の悪さで、10月にずれ込む可能性もありますがががが。

一読有難うございました! 楽しんでいただけますと幸いです。
また次で、お逢いできますことを…。

霞世


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