短編

□君の想い、君の香り
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「どうしようかなぁ…。あ、やっぱり…でも……うーん…」

「…………」


妙に大きな独り言を漏らしながら社長室の前に立つななしを見つけ、クロコダイルは足を止めた。
“表の仕事”を終えて帰宅したばかりだったので、手には“仕事の報酬”である白い袋が握られている。特に重いわけではないから持ち続けるのは構わないが、しかしずっとこの状態と言うのも鬱陶しい。

さっさとこの煩わしい物を部屋に置いて次の仕事に移りたい、というのが本音だった。
だが、


「でもなぁ……うーん、どうしようかなぁ…」


ななしはまだ独り言をぶつぶつと言いながら、時折頭を抱えている。
最初はわざと気付かないフリをしているのかとも思ったが、どうやら演技ではないらしい。“何か”を考えるのに夢中になっていて、近付いてきた足音にすら気付かなかったようだ。…それにしたって、背後に立つ気配くらい察知できそうなものだと思うが……。
彼女にそれを期待するのは、時間の無駄かもしれない。


「…やっぱりここは一旦帰って…」

「…ななし」

「これを置いてから来……ひゃあっ!!!?」


気付くまで待つのも面倒になって、クロコダイルはわずかに苛立った低い声でななしの名を呼ぶ。…最初からこうしていれば良かったと内心思い、己の行動に舌打ちをした。
呼ばれたななしは考えをまとめながらこちらを見、素っ頓狂な声を上げて数歩下がる。その表情はまるで幽霊でも見たように驚愕一色で、みるみる青白くなっていった。


「く、クロコダイルさん…っ!! なんでここに…!!?」

「妙なことを言うな。社長であるおれが、社長室に出入りしちゃいけねェか?」

「え、あ、いや……そう言う意味じゃないんですけど…」


意地悪く上げ足を取れば、ななしは歯切れ悪く言葉を訂正した。


「てっきり社長室にいると思ったので…」

「…“仕事”だ」

「…あ、それで…その…?」

「……あァ」


“仕事”と聞いたななしは疑問符を付けて、クロコダイルの手元に視線を流す。そうして握られている白い袋が“仕事をしてきた証”だと理解し、納得した顔をした。
…まあ袋の中をどう想像したかは知れないが、まさか“海賊から奪った宝”が入っているとは思っていないだろう。
もし聞いてきたら説明してやろうかとも思ったが、クロコダイルの予想を裏切ってななしは珍しく質問を投げなかった。

と言うより、ななしの手元に視線が移って逆にクロコダイルが口を開いた方が早かった、と言うべきか。


「……ななし」

「はい…っ」

「“それ”は何だ」

「? …“それ”……あ、えぇっと…これは…」


“それ”と言われてクロコダイルの視線を追ったななしの表情が、自分の手元を見て「ぴしっ」と固まる。そのあとはあからさまに言葉と視線を泳がせながら、「えーっと、これは…」と言っていた。
かと思えば、


「クロコダイルさん…」

「…なんだ」

「あの、これ……“預かり物”です…っ」


両手で隠せるほど小さい“それ”を、クロコダイルの方へ「ずいっ」と差し出す。
まるで意を決したように差し出された“それ”は、海のような青い色をしていて。見覚えのあるその“嗜好品”は、クロコダイルがあまり好きではないものを連想させた。
…恐らく、ほぼ間違いないだろう。

ななしが手にしているのは……


「…預かった、とはどういうことだ」

「えっと…上のカジノで会った女の人から預かって来ました。…えっと……黒服の人たちより、私の方が早く渡せますし…」

「………」

「あ、その人、クロコダイルさんのファンみたいでしたよ? 流石はクロコダイルさん、人気がありますね」

「…くだらねェ」


ぽつり、とクロコダイルはそう吐き捨てた。
そうしてななしが持つ“それ”を受け取らず、鉤爪で社長室の扉を押し開ける。ななしを追い越し、さっさと部屋に入ると階段を下りていった。
その背後から、ぱたぱたと足音がついてくる。


「あの…っ、受け取って…もらえないんですか?」

「…“それ”は、おれには必要ねェ」

「……うぅ…」


きっぱりと拒否を口にすると、その反応を予想していたようにななしは「…やっぱり…」と小さく言った。


「やっぱり……嫌いなんですか? その…」

「好んで使わねぇだけだ。“嫌い”じゃねェ」

「……あの…」

「…なんだ」

「受け取らないんですか…?」

「…言ったはずだ。おれには必要ねェ」


必要ないということは“いらない”と言うことで。返す当人がいないこの場合は、捨てておけと言うことだ。
手にしたビンの末路が、破棄だと言うのが分かったのだろうか。もう一度同じことを言ったクロコダイルに、ななしは「でも…」とわずかに食い下がってきた。

その反論に、わずかにクロコダイルが苛立ったのには気付かなかったらしいが。


「折角ですし…使ってあげても…」

「…ああだのこうだのと言って渡してくる人間はごまんといるが…、おれが“使わねェ”と言ってる。他に理由はねェだろう」

「そうですが…。あ、じゃあビンだけでも…」

「飾れってのか? どこの人間が渡してきたとも知れねェ物を」

「う、そ、それは…」

「ダメよ、ななし。彼は“貰ったものは使い捨てするタイプ”だもの」

「ロビン…」

「………」


元々部屋にいたのか、あるいは仕事から戻って来たのか。

階段の影から、見慣れた人物が現れる。やって来た女…ミス・オールサンデーは、ななしの方を見て「にこっ」と微笑んだ。そうして「彼がいらないと言ったら、もう使わないわ」とも言う。
彼女の存在を確認し、クロコダイルは手にしていた袋を床に「どさっ」と置いた。


「…ミス・オールサンデー」


そして片腕の名を呼び、空いた手でななしが握っていた“それ”をひったくるように取る。瞬間ななしが「あ」と言ったと同時、宙へと放った。
“それ”は半円の放物線を描いてミス・オールサンデーの元へと届き、彼女も難なくキャッチする。


「捨てておけ」

「…えぇ、分かったわ」

「あの…ロビン、それ…」


何かを言いかけたななしより早く、ロビンが何かに気づいて「あら…?」と言った。かと思えば、今度はボスの名を呼ぶ。


「Mr.0」

「…なんだ」

「いいの? “本当に”捨ててしまっても」

「…何度も言わせるな、捨てておけ」

「そう…、いいのね。折角…」

「あぁぁっ、ロビン……!!」


ミス・オールサンデーの言葉を遮って、ななしは首を小刻みに横に振る。まるで「それ以上は喋らないで」と言いたげなその動作を、ミス・オールサンデーはさらりと無視をした。


「勿体無いわね。折角“ななしが”買ってきたのに」


その声は残念そうで、しかしどこか愉しげに聞こえた。









君の想い、君の香り






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