短編

□君とケーキと
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ある程度ぶらぶらと島を周り、マルコは停泊していた船まで帰ってきた。

その周囲に、いつもなら無断で付いて来るはずの小さな影…ななしの姿は見当たらない。…と言うより、そもそも今日は一度もななしの姿を見ていなかった。
いつもならストーカー並に付きまとってくる煩い影が薄気味悪いくらいその姿を見せず、嵐か世界滅亡の前兆かと思いながらマルコが船を下りたのが数時間前の話。


「(…そろそろ、戻ってもいいだろい)」


…それに、気味が悪いのはななしだけじゃない。
今日は船の皆が、どこかよそよそしい気がする。

マルコに隠れてみんな忙しそうだし、町を見てくると言った時も「そうしろ。いや、むしろそうしてくれ」と言わんばかりの態度だった。そうして疑りの視線を投げる前に、有無を言わせず船から降ろされたのが記憶に新しい。

何かを“企んでる”のは事実だろうが、その被害が自分に及ぶのだけは勘弁願いたかった。
……もっとも、マルコを追い出した時点で“対マルコの何か”であろうことは、決定事項なのだろうが。


「………」


嫌な予感が湧き出てくるのを感じながら、マルコが桟橋の上を歩いていると


「……せーの…っ」

「……?」


頭上から、小さな掛け声が聞こえた。
と同時に頭上を何かの影が横切り、


「マルコーー!!!」



聞き覚えのある声が降ってきた。

…そう。文字通り、“降ってきた”のだ。
マルコが記憶する限り常に自分に付きまとってくるその少女は、何故か笑顔のまま空中で風を切っている。助走を付けたのか船から離れた場所にいるななしは、さらに笑顔のままで口を開いた。


「おかえりー!!」

「!!? お前…っ、何してんだ!!」


思わずそう叫び、マルコは反射的に走りだす。

ななしが落ちてきたのは、マルコたちが乗っている船…モビーディック号の甲板。見上げるにも首が痛くなるほどの高いその場所から、今も笑顔で落下し続けている。
おまけにななしの口から、随分と場違いな調子で


「マルコー、私死にそうー」


なんて言葉が聞こえたものだから、ついこちらの言葉に棘が混じった。


「んなこたァ…言われなくても分かるよい…っ」


ななしは悪魔の実の能力者でもなければ、特別な訓練を受けたわけでもない。
何の変哲もない、戦闘などには縁遠い一般人だ。
その一般人がそこから飛ぼうなんて、自殺したい以外の何の理由があるだろう。

…いや…彼女なら、それ以外にも理由は考えられる。ただちょっと…あまりにその思いあたる“理由”がお粗末すぎて、考えたくないだけで。


「………」


それに、今はそれらに悪態をついている暇はなさそうだ。

高い場所から落下し続けている所為で、ななしは少しずつ風に流されている。桟橋めがけて飛んだのだろうが、今はその位置は海に近かった。…たとえ浅瀬に落ちたとしても高さから言って痛いでは済まないだろうし、そもそも自分は海に入れない。

落ちたら大怪我…では済まない彼女を海に落ちる前に何とかするための手段は、恐らく一つしかなくて。
そしてその為の努力は……残念なことに、マルコがするしかなさそうだ。


「…お前は……っ」


マルコは走ってきた勢いのままでその場から飛び、あっという間に距離を詰めたななしを


「いい加減にしろよい」


伸ばした腕で捕まえた。

そうして抱えたまま桟橋に着地し、さっさとななしを降ろして手を離す。わずかに苛立ちながら踵を返し桟橋を何も無かったように歩けば、背後から「もっと抱えてて欲しかったのになー」などとのたまう声が聞こえる。
その声はさらりと無視をして、マルコは言葉の端に苛立ちを混ぜながら「いくらおれでも、そろそろ怒るぞ」と言った。


「第一、死にたけりゃァおれが見てねェところでやれよい」

「わ、失礼な! 誰も死にたくてあんなことしたんじゃないよ! 私は、マルコを迎えに来ただけで…」

「…にしては、随分と過激な迎えだな」

「へへへ」

「…褒めてねェよい」


照れ笑いを浮かべるななしに、振り返って怒りと呆れを込めたゲンコツを一発くれてやる。
「ゴツッ」と鈍い音がして、ななしが頭を抱えて悲鳴じみた声を上げた。


「いだっ!!?」

「…前々から思ってはいたが、ここまで無謀バカだとは思わなかったよい」

「無謀バカって……前々って…、マルコ私のことそう思ってたの!!?」

「…当たり前だ。あんな所から飛び降りて…恐くねェのが不思議だよ」

「いや、十分恐かったけどさ。…でも、マルコがいたから飛んだんだよ?」

「…それが無謀バカだって言ってんだよい。さっきだっておれが受け止めなきゃァ、今頃は海に落ちてたろ。そうなったら、こっちは助けらんねェぞ」

「まあ、それはそうだけど。でもさ、マルコはそうなる前にちゃんと受け止めてくれたじゃん」

「………」


どこか勝ち誇ったように「へへへ」と笑うななしに、マルコはため息だけを返しておいた。そうしてから小さく「……あー…、そうだったよい」と吐いておく。


「今度同じことしたら、二度と助けねェ」

「うん、空飛ぶお迎えはこれ一度きりにするよ。いい感じに時間稼ぎも出来たけど、私も寿命が縮むようなことあんまりやりたくないし」

「……」


ありゃ空を飛んだんじゃなくて、空から落ちてきたんだろい。

などとマルコは言おうと思ったが、それよりななしが口にした言葉が気になった。そうしてそれとなく、自然にななしに疑問を投げてみる。


「…時間稼ぎ…? なんのだ?」

「ん? なんのって、そりゃあマルコの誕生会の………!!?」

「……誕生会…?」


ぴたりと歩みを止めて振り返れば、顔全体に「しまった」と書きなぐったななしが口を両手で押さえて突っ立っていた。
その表情は一瞬で青ざめていて、後悔を含んだ声音は珍しく弱々しい。しかもその端々には、まるで呪いでもかけるような恨みもこもっていた。…恐らく、その呪詛は自分に対してだろうが。


「…サッチに…船に戻るまでは言うなって…言われてたのに……」

「……企画発案はサッチかよい」

「…違う。私」


まだ自分を恨みながら、ななしは首を振った。


「もう過ぎちゃったけど、マルコ…この間誕生日だったでしょう?」

「…さァな。忘れちまった」

「……誕生日だったの!」


ななしはそう言い切ったが、マルコ自身よく覚えていなかった。なんとなく「あァ、そうだったかも知れねェよい」と言う気がしてきて、それでも誕生日と言う響きにいまいちピンとこない。

なにせこの船に乗ってから、そんなイベントは体験したことなんてなかったわけだし。


「みんなに聞いたら、そんなイベントやったことないって言うじゃない? ……それは…勿体無いなって思って、マルコには秘密でみんなに色々準備してもらってたの」

「……で、その企画発案者自身が、本人にバラした…と」

「それは言わないでっ!」

「…本当のことだろい」


呆れたようにため息をつけば、ななしは頭を抱えてまだ嘆いていた。しかしその数秒後には吹っ切れたらしく、急かすようにマルコの前を歩いて行く。


「まあビックリさせる計画はちょっと狂ったけど、それでも今日はマルコの誕生日祝いの酒宴なんだよ! みんな待ってるし、早く行こう!」

「…へぇ、そりゃあ有難うよい」


まだピンとこないまま、それでもどこかむず痒いような気持ちになってマルコはななしの後ろでそう口にした。

誰かに祝ってもらうなんて機会、そう体験したことなど無いから。
こんな時、どんな顔とか反応をしていいのか…正直困る。


「うんっ。みんな、マルコの為に準備したんだよ!」


そう言ったななしは、何故か誇らしげに胸を張りながら


「私だって、プレゼントにケーキ作ったんだから!」

「………は…?」



と、呪いの言葉を口にした。

ぴたりと止まったマルコに気付かず数歩先へ行ったななしが、後ろを振り返って首を傾げる。「どうしたの?」と心底不思議そうな顔をしたななしを見て、マルコは嫌な汗が湧きだしているのを感じていた。
交代で今度はマルコが青ざめる番だったようで、表情はどんどん引き攣っていく。
そうして、


「…もう一回、言ってみろい」


精一杯そう言うしかなかったマルコに、至極当然と言った口調でななしは言った。


「だから、マルコの為に今日一日かけて超大作のケーキを作ったの!」


どうやら、聞き間違いなどではないらしい。やはりマルコにとって、その言葉は呪われた物だったようだ。
何故ならななしの料理の腕は、ピカイチ…の真反対。独創性を出そうとすればするほど、それは薄気味悪いものになる。

ななしはある種、マズイ料理を作る天才だった。

しかも当人が無自覚で、それを“良かれと思って”やっているのだから、到底手に負えるようなもんじゃない。


「ちゃんと栄養面も考えた、自信作なんだよ?」

「………」


当人には面と向かって言えそうにないので、マルコは心中でひっそりと思っておいた。


「(コイツの料理……食えたもんじゃねェんだよい…)」











君とケーキと








「…たとえば、どんな感じだよい」


本当の所、そんなケーキの詳細などあまり聞きたくはない。…しかし、相手は“好意で”やっていることだ。無下に断るのも少し可哀想かなと、マルコの良心は思ってしまった。
それに、もしかしたら珍しく美味しく仕上がってるかもしれない。そしたら、喜んで食べようと言えるかもしれない……そう思ったのだ。

説明を求められ、ななしは得意げに「あのね」とケーキの特徴を話した。


「肉の生活が多かったから、たまには魚なんてどうかなって思ってさ。魚のすり身を生地に入れて、その中に野菜のペーストとフルーツを挟んでみたの! 我ながら、がんばった力作だと思うなぁ」

「………」

「どう? 普段食べないもの全部入れてみたんだけど」

「…あァ、それなんだがよい」


マルコは言われたケーキの見た目を想像しながら、極力穏やかに口を開く。


「作ってもらって悪いんだが、ケーキは食えそうにねェよい」


前言撤回。
やはり、ななしは“良かれと思って”最悪なものを生み出したようだ。そもそも、全体的に魚のすり身と言う時点で既に美味しいという域から逸している気がする。おまけに、その中に野菜と果物が入ったら…。
残念だが、マルコにはその味の想像はまったくつかない。

マルコが断ると、当然ななしは「えー、なんでー?」ととても残念そうな表情で言う。それに適当に「今日は気分じゃない」とか「調子が悪い」とか理由を付けても、ななしは納得しようとしなかった。
そりゃあマルコの為に作ったものを、当人が要らないと言えば食い下がるのも当然だろう。…本人としてはさっさと諦めて欲しかったが。


「…でも私が用意したプレゼントってそれだけだし、折角作ったんだし…」

「……ななし」


どうしても食べてもらいたいらしいななしに、マルコはため息をついて名前を呼んだ。

……あまりこういうことは言いたくないし、まだ早いとも思う。
しかし、場合が場合だ。
マルコは不慣れながら極力笑顔で、穏やかに、その言葉を口にした。


「おれにはお前がいれば、それで十分なプレゼントだよい」


この言葉の意味をななしが理解して、有無を言わせずマルコに抱きつくまで、あと3秒。

そしてあっさりと手放した力作ケーキを“入隊祝い”として火拳と呼ばれる少年に渡し、食べた彼が三日間生死の境を彷徨うまで、あと数時間…。





おしまい





§君とケーキとあとがきと§

マルコ、誕生日おめでとう!

ってことで、突貫工事のごとく作ってみました不死鳥誕生日短編。
…でも、変ですね…。作り始めたの4日だったはずなのに…な…? 一度書いたものを書き直していたら、こんな日になってしまいました…orz(いつものことでした)

このあと、殺人ケーキ(語弊)を何の疑いもなく食べたエースに船員たちは全員「合掌」します。みんな見てるんだけど、彼女の手前止めることが出来ず、エースがどんな反応するかも見たいので止めませんでした(酷くないです。温かく見守ってあげてます)。
しかしそんなことで彼女がめげる(気付く)はずもなく「きっと、時間が経ったからケーキが傷んだんだよね!」と言い張ります。ポジティブです。
まあ…少しマルコがその気持ちを踏みにじるような酷い感じになってしまったのですが…、それはあの…「命が大事だから仕方ない」ってことで…お許しいただけると…(きっと彼の能力でも再生は不可能なんだと思います。…物理攻撃じゃないしね)。

因みに、時間軸としましてはエースが入隊する前…の気持ちです。
だから、彼女はエースに先輩風を吹かせながらも仲良くなったりする…はず。そこにマルコも加わった三角関係を個人的には期待。


マルコの喋り方に悪戦苦闘しながら、何とか形になった……と思いたい一心です。楽しんでいただけますと幸いですー…。
一読、有難うございました!
また次でお逢いできますことを…。

霞世


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