短編

□『スタンピード』の後日談。
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デルタ島での戦闘ののち。

島から少し離れた沖に停泊している、船の上。


「おかえりなさい! クロコダイルさん!」


一足先に帰ってきていたななしが、そう言って船長を迎える。
戻ってきた船の主…クロコダイルの顔には、心なしか疲労の色が見えた。

「……あァ」

「…その…残念でしたね、“宝”…」


至極言いにくそうに、ななしは口にする。つい少し前にあった“苦い記憶”と共にクロコダイルは思い出し、苦虫を噛みつぶしたような顔をして舌打ちを一回。


「まったくだ。くだらねェ“馬鹿”と、間抜けなガキどものせいでな。あいつらが邪魔さえしなけりゃ、あの“馬鹿”より早く、おれは宝を手にできた」

「そう…ですね。そうだと思います…」


“馬鹿”と言うのは、恐らくルフィのことだ。アラバスタでクロコダイルの野望を打ち砕いた、麦わらのルフィ…。
彼がクロコダイルの狙っていた“宝”を破壊してしまったと、ななしは電伝虫やら島に残った人たちからの話で洩れ聞いている。
その“宝”を手に入れるために、クロコダイルがどれだけ根回しをして動いてきたか…。ななしは傍で見て知っている分、手に入らなかった落胆や悔しさも、容易に想像できた。

一緒になってしょんぼりしていると、クロコダイルがちらりとこちらへ視線をよこす。


「お前も…見たところ無事そうだな」

「あ、はい、なんとか…! 砲撃が途中で止まって良かったです…!!!」


正直、あの集中砲撃の雨あられの中を逃げ切ったことが、自分でも信じられない。能力者ならともかく、訓練された海軍でもない、ただの一般人が。
地割れやら、砲撃の雨やら、海軍と海賊の衝突やら…。今思い返しても、生き残れたことが奇跡である。…一応、万が一の時の為に、ポケットにクロコダイルに繋がる子電伝虫を忍ばせてはいたが…。そんなものは気休め程度にしかならない。
いくら一緒に島に上陸していたとは言え、途中から別行動を取っていたのだ。あの島…デルタ島が、いずれ“戦場”になるかも知れないと、事前に聞かされていたのだから…。もっと早く避難が出来てたんじゃないかと、今になって思う。

…単純に逃げ遅れたとは言え、…我ながら、随分と無茶をしたものだ…。

そんな戦場を思い出してぞっとしつつ、ななしは唐突に「あ」と手を叩いた。


「…あの…」

「何だ」

「クロコダイルさん、ちょっと…」

「…?」


懐から取り出した葉巻に火を付けているクロコダイルに、


「ちょっと…その…、しゃ、しゃがんで…下さい」


かなり言いにくそうに、そうお願いした。
当然、突然過ぎるその申し出に、クロコダイルの眉が跳ね上がる。


「…あァ?」

「あ、いや、あの、本当ちょっとだけ…会釈みたいな感じの…“軽く”で良いので」


クロコダイルの反応に慌てつつも、ななしの要求は変わらない。


「…お願い…します。一瞬だけ…」


その食いさがる“何か”に、クロコダイルはため息交じりに葉巻の煙を吐いた。のち、ななしが言うように軽く“お辞儀”をする。


「……仕方ねェな…」

「有難うございます!」


そう言って、どこか嬉しそうにお礼を述べたななしは手を伸ばして。


「お疲れさまでした。クロコダイルさん」


クロコダイルの頭を、優しく“撫でた”。


「……!!?」

「よく頑張りました」

「…おれはガキじゃねェ…!!」

「う…っ。ご、ごめんなさい…! でも…」

「慰めの言葉もいらねェ」

「…どうしても言いたくて…その…」


“いい子いい子”みたいにする動作がなんだか気に入らなくて、クロコダイルは不機嫌に顔を上げる。見下ろした先で、機嫌を損ねた空気を感じ取ったななしが肩をびくつかせ「ごめんなさい…」と小さな声で謝っている。

麦わらの一味の妨害が無ければ、他の海賊や海軍…政府より先に“宝”が手に入れられた筈だ。だがそれは、あと一歩のところで叶わなかった。
彼の狙っていた“夢”への道は、麦わらの一味によって再び邪魔されたのである。

思い返して腹が立ってきたのか、クロコダイルは苛立つように長くため息を吐く。勿論、そんな彼の表情がどんどん険しくなっていくのを、見上げたななしが感じ取って慌てふためいたのは言うまでもなく。
何か…何か言わなければ…! と必死で頭を回して、そうして「で、でも!」と言葉を継いだ。


「確かに宝は無くなって…“近道”は出来なくなりましたが…、その…また旅すれば良いじゃないですか!」


この言葉は、クロコダイルが必要ないと吐き捨てた“慰め”になるのかもしれない。それでも、出てくる言葉はななしの本心だ。
…クロコダイルが睨んだ気がしたが、それは見ないフリをして。


「私は、クロコダイルさんと一緒に長く旅が出来るなら、遠回りも良いって思います!」


近道しちゃったら、すぐゴール出来ちゃうじゃないですか。
私、まだまだクロコダイルさんといろんな場所に行って、いろんな物を見てみたいです!
だからゴールするのは、それからでも良いって思いませんか?









『スタンピード』の後日談。








そう言って「にっ」と見上げて笑うと、クロコダイルは一瞬虚をつかれたような顔をした。かと思えば「クハハハ…」と呆れたように笑って、


「…言うじゃねェか。“守られる”側のクセして…」

「うぅ…っ」

「…フッ。まァいい」


そう言ったかと思えば、今度はクロコダイルがななしの頭を撫で…いや、雑にぐしゃぐしゃとした。
ななしは「わ…っ」と言い、顔を赤らめながらも、クロコダイルのされるがままになっている。髪がかなり乱れているが…まあこれくらいは許容範囲内だ。…今日だけは、仕方なく。

かと思えば、手を離したクロコダイルは「やれやれ」と言いたげな顔で。


「しかし…。今回の戦いで、おれはひどく傷ついた」

「え!? ど、どこか怪我でも…」

「身体じゃねェ。心が、だ」

「え、こ、心…?」

「あァ」


確かに、今回の一件でクロコダイルがかなり落胆しているであろうことは、想像に難くない。
見た感じ、出血や衣服の汚れや破れも無いので、身体の方は当人の言うように怪我が無いのだろう。悪魔の実の…ロギア系の能力者でも、覇気をまとった攻撃はダメージを受けるというから、血の気が引いたが…その心配は無用だったようだ。
恐らく、ショックを受けた時によく言う「心が痛い」と言うヤツかもしれない。

…しかしそれを“あえて”…何故、今言うのだろうか…。

などと、ななしがクロコダイルの真意を考えようとした矢先、


「うわわ…っ」


ふわりと身体が軽くなって、足が地面から離れていた。
次の瞬間には、クロコダイルに“抱えられている”のだと理解する。何故か荷物を運ぶような、小脇に抱える感じで。


「だからテメェが慰めろ、ななし」

「…え、慰め…って…」

「“体”で」


そうして抱えた本人の口から、とんでもない言葉が飛び出した……ように聞こえた。


「か、から…だ…っ。…い、今なんて…!!?」

「さァな。二度は言わねェ」


当然ななしの顔が、火が出るくらい真っ赤になったのは言うまでもなく。
背中越しで顔は見えないが、くつくつと愉しそうに頭上で笑うクロコダイルの笑みも、簡単に想像できた。

とりあえず抜け出そうと、力一杯腕の中でバタつくななしを尻目に、クロコダイルはロングコートを翻す。
そうして悠然とした動きで、ななしと船内へ消えていったのだった。





おしまい






§『スタンピード』の後日談な、あとがき§

公開初日に…映画を見に行ってきまして…。
鰐の登場シーンに「わぁぁあ!!!」となったのは言うまでも無いのですが、
観終わって、帰宅しながら、
「労わりたい…。クロコダイルにお疲れ様って言いたい…!!」
と言う気持ちが抑えきれず、長編ヒロインに出てきてもらって、公開当日に半ば無理やり形にさせていただきました…!! すっごい急ごしらえ感ある! 実際急ごしらえ!
だって…あれですもん。残念賞すぎでしょう。折角策を練ってがんばったのに…。不遇だ…鰐の扱いが不遇だ…。

現在、当サイトで扱っている長編がアラバスタ編の前なんですよね。んで今回は新世界編で…。
かなり時系列がぶっ飛んでるんですが、…ある意味if設定と言うことで…ご容赦いただきますと幸いにございます。又は未来編…みたいな(魔法の言葉だなおい)。
一応、一緒に新世界へ出ているという設定の、色々(電伝虫とか悪魔の実の能力とか、世界用語色々を)教えてもらってる設定の、でも相変わらずの一般人という設定です。…『最強の』ではなく『普通の』一般人。長編にいる、そのままのヒロインです。
…非能力者の海賊相手用の、護身術程度なら習得しているかもしれない…。
あと終盤の会話が若干不穏なんですが…長くなりそうなので、ここで止めさせていただきました。果たして鰐はからかっているのか、本気なのか…。


個人的には、もっと鰐の出番…と言うかエンドロールで後姿だけでも映してもらえたら、その後がより想像出来て、悶え死んだのになぁとか。ポスターとかパンフレットの中に鰐全然出てないなぁとか(CMとか特報みたいな映像には映ってたけど。パンフレットに載ってはいたけど横顔一コマなんだよなぁ…)。
映画内で台詞も技の披露もあった分、その落差にしょんぼりしてしまいました…。エンドロールは「出るかな?もう出るかな?」って思いながら終わってしまいましたね…悲しい。
まあでも、鰐の代名詞『砂嵐』とか『浸食輪廻』とかが見られて、私満足です。もっとあったら尚良かったけど…。
…あとは鷹の目も、エンドロールにもパンフレットにも特筆して出てなかったように思いますが…細かいことは良いんです!(不都合には目をつぶる)


映画未鑑賞の方々様…、ネタバレて大変すみません…。

どうしても衝動が抑えられませんでした…。
一応、入り口に一部ネタバレの表記はさせていただきます。
作中にはっきりと“宝”が何なのか明記していないとは言え……うっかり察してしまったらごめんなさい。と言うか、あとがきでも既に一部ネタバレている…。


鰐が、大スクリーンで活躍していて、2年後の世界も無事に生きていてくれたことが大変嬉しく、その歓喜の熱と「鰐を労いたい」という一心で突き進みました。
粗だらけではありますが、楽しんでいただけますと、幸いです。


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世


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