短編
□『最初から敗者が決まっている』ゲーム
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「………」
「………」
本から目だけを逸らして、相手の状況を確認してみる。
じぃーっ
「…………」
溜め息を一つ吐いてから視線をまた本へと戻し、ページをめくった。
この船の長であるローは、ベッドの角に座るななしの行動が理解できないでいる。
…これまでも何かと意味不明な行動を起こす彼女だったが、今回はまた一段と意味不明だ。
かれこれ数十分間、ずっとこの状態。
ななしは一言も言葉を発することもなく、ただじっとベッドの端に座ってローを見つめている。
わずかに上目づかいに見つめてくるその視線は、色気があると言うよりはむしろ挑発的で、喧嘩を売っているようにも見えなくもない。……要するに、目つきが悪いのだ。
数十分前に軽いノックとともに一方的に部屋に入ってきたかと思えば、何も言ってないのに勝手にベッドに座りこみ、今に至っている。
最初は、数秒でその口からいつもの快活な声が聞こえてくるかと思っていた。
しかしローの予想は見事に外れ、ななしは数十分もの間、口のチャックを緩めていない。
珍しいと言えば珍しいが、妙と言えば妙だ。
かと言って、彼がその事について何か言うわけでもなく。
彼女と同じように、一言も言葉を発しないままで黙々と本を読むばかり。
どちらも黙り込んだまま、波の音と乗組員の喋り声が、BGMとして二人の間を流れていく。
「………」
「………」
ローはもう一度溜め息を吐いた。
何に対してそんなに黙るのかは知らないが、このままななしに居座られても気が散ってしょうがない。別にななしがいても困ることはないのだが、いるんなら何か喋ってほしいものだ。
再び視線を上げると、ずっとこちらを見ているであろうななしと、視線がかち合った。
相も変わらない相手のだんまりに、ローは数十分経ってようやくその口を開く。
「……何だ」
「…っ」
「用があるなら言え」
するとどうだろう。
ななしの口角が「にぃ」と上がったかと思えば、満面の笑みを向けてきたのだ。
そうして人差し指をぴんと立て、こちらを指さしてくる。
随分長く聞いてなかったような気がするななしの声は、至極楽しそうで。
「私の勝ち」
とだけ、告げた。
「…は?」
「だから、私の勝ち。船長の負けです」
「…説明をしろ説明を」
ローは読んでいた本をぱたんと閉じて、呆れながらに視線を流した。
一方でベッドの端に座るななしはと言えば、「あー、つかれたー」と言いながら上体を後ろへと倒している。動物のように伸びをしてからくぁっと欠伸をして、言われたとおり説明をした。
とは言っても、とても簡潔に。
「今、『“何だ”と先に言った方が負け』のゲームをやってたんです。さっき「何だ」って先に言ったから、船長の負け!」
「…おれは参加した覚えはない」
「だって誘ってないですもん」
「………」
くだらない。
もう取られた揚げ足にさえ噛みつくのが馬鹿らしくなって、ローは口を閉じる。
当たり前のように言う彼女には腹は立たない。いつも彼女はこうなのだ。腹を立てるだけ、労力の無駄というもの。
だが、『負け』と言われて笑われることに対しては、何やら釈然としない。
…たとえこの“ゲーム”とやらがくだらないものだとしても、『負け』るのだけは我慢ならなかった。
それは、彼の“海賊”としてのプライドがそうさせるのか。
それとも、元からの負けず嫌いがそうさせるのか。
ローは本を置いてゆっくりと椅子から立ち上がり、ななしのすぐ脇に座る。
ぎしっとベッドが軋み、ななしがくつろいでいた上体を慌てて元に戻した。と同時、状況の変動に今までゆるみきっていた体が自然と強張り、脳が全身に向けて瞬時に警鐘を打ち鳴らす。
警告!
警告!
即刻コノ場カラ退避セヨ!
相手ガ何カ仕掛ケテクル可能性大!
絶対ニ捕マルベカラズ!
捕捉サレレバ
骨マデ残サズ喰ワレチマウ!!
「(…やば……っ)」
「まあ待て」
「わっ!」
警鐘に従ってベッドから立ち上がるより早く、ローの手がななしの腕を掴む。
咄嗟に相手の方を見たななしだったが、その一瞬後には見るんじゃなかったという後悔に支配された。
振り返った先で、船長の口元が妖しく吊り上っていたのが見えたのだ。
過去に何度か見たことのあるような妖しい笑みに、ななしの中の嫌な予感メーター値が一気に上昇する。背中からも額からも、嫌な汗がこれでもかと出始めていた。
嫌な予感メーターを振り切ろうと必死で身を捩り、なんとか脱出できないものかと試みてもみる。
だが、船長と一乗組員…下っ端のもっと下との腕力には、雲泥の差があった。
い、いくら最近暇だからって、
やっぱり船長で遊んじゃマズかったよね…!
などと後悔しても、もはや後の祭り。
一方で、腕を掴んだことで形勢を逆転させることに成功したローは、まだその口に余裕の笑みをたたえていた。
緩く掴んだ腕を振りほどこうともがくななしの顔が、次第に焦りの色に塗りつぶされていく。まるで罠にかかった小動物が必死でじたばたしているようで、眺めていて面白い。
ななしの反応を見ても十分に『負け』は取り返せたと思うのだが、
…まだだ。
向こうだって十分遊んだはずだ。
こちらだってそれなりに遊ばないと、割に合わない。
「今度は違う“ゲーム”をしよう」
「え……いっ」
言うと同時、掴んだ腕をくいっと引く。
バランスを崩したななしを抱きとめ、そのままの勢いでベッドへと倒れこんだ。
腕の中で小さくななしが何か言ったらしいが、そこはさらりと無視しておいた。
そうして丁度、口の前に現われた耳に向かって、小さく声を出す。
「『先に真っ赤になった方が負け』のゲームだ」
「なっ…!」
もう勝敗なんて決まっているくせに!
そう叫びたかったが、密着されているせいで声がうまく出ない。
声を出したら、一緒に心臓が出てきそうだ。それは避けたいので、出かけた言葉を呑むしかない。気を抜けば口から叫び声が出そうになるので、手で口を押さえておいた。
全身の温度はみるみる上昇していき、口から出ていかなくても心臓は破裂しそうだ。
一方で、
ローは倒れこんでゲームを持ちかけたきり何かをするわけではなく、ただななしの腰に片腕を回したままでじっとしている。たまに髪を触ったり耳に息を吹きかけたりするが、それだけだ。
それが逆にななしとしては恥ずかしいのだが、ローはやめる気はないらしい。
すでに真っ赤になっているななしは、蚊の鳴くような声で小さく。
「ご、ごめんなさい……ゆるしてください…」
「さて。なんのことだ?」
「……だから、私の…」
「因みに負けた方は“罰ゲーム”」
「なっ、聞いてない…っ!」
「勿論、言ってねェからな」
しれっと言ってやる。
ローは、ななしが言っていたことをそっくりそのまま返したつもりだった。
『同意』無しの理不尽さがどれだけ腹立たしいかを痛感してもらうため……と言うのは、まあ建前として。
だが、そのことに気付いていないななしは、目の前の理不尽に噛みついた。
それが余計に自分の立場を危うくしていることなど、気づくわけもなく。
「じゃあ罰ゲームとか無しですよ! 勝手に作るのは卑怯です!」
「卑怯?」
そう訊ねた後で、ローはまた不敵な笑みで堂々と言ってのけた。
「当り前だろう。おれは海賊だ」
卑怯な手だって使うさ。
その海賊に『負け』を味あわせたんだ。
倍返しになって返ってくる。
そうしなきゃおれの気が収まらないことくらい、
お前だって知ってるだろう?
『最初から敗者が決まっている』ゲーム
「……因みに聞きますけど」
「あぁ」
「罰ゲームって、…何ですか…?」
参考までに聞きたいのだろうか、ななしは相変わらず小さい声で言った。
それに、相変わらずローはしれっと返す。
「一日フリルの付いた服を着て、相手の言うことなんでも聞く」
ぜ、絶対嫌…っ!!
しかもその罰ゲームは、明らかにななし専用。
それからななしは長時間に渡りなんとかやめてほしいと懇願したが、相手がそれを聞き入れるわけもなく。
死ぬほど恥ずかしい地獄のような罰ゲームは、
後日、
決行された。
おしまい
§『最初からあとがきを書くことが決まっている』ゲーム§
ってなわけで、初となりますロー夢が出来ました! 大変お粗末様でございました…。
最初、
『じっと見てたヒロインに「何だ」と言うロー。すると「船長の負けー」と喜びはじめ、何が何だかわからんの図』。
が浮かんできて、それで書き始めたはず…。
一応の流れも決まってたはずなのに、…このぐだぐだは一体…。
あ、因みにここのローさんは
『ゴシックでロリな服とかを着せたり』
『「御主人様」と言わせて喜ぶ』
趣味の持ち主ではございません。…あくまで嫌がらせという名のゲームにございますれば…という、訂正を(訂正なのか貶めたいのか)。
あんまりフォロー入れても逆効果招きそうなので、やめておきます。…腑分けだけは勘弁してください。
ご一読、感謝です。ありがとうございます!
また次でお逢いできますことを…。
霞世