短編

□無意識のゼロセンチ
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どこまでも続く真っ青な空、もくもくと浮かぶ白い雲。
ジリジリとどこかで蝉が鳴いていて、如何にも夏真っ盛りという空気の中。

校庭の一角に設置されているベンチに腰掛け、ななしは「ぼーっ」と空を眺めていた。


「(…あつい…)」


ベンチ脇に植えられている記念樹が枝葉を伸ばしているおかげで、ななしが座るベンチには木陰が出来ている。天高く昇る太陽からの熱は、ある程度抑えてくれているが…。
それでも、地面に照り返した熱や、熱を含んだ空気の波までは防いでくれない。今は夏真っ只中だ。屋外なら、どこにいたって暑い。

…では何故、彼女がこんな思いをしてまで、ここに座っているのかと言えば…。


「おい! ななし!」

「ちゃんと見てんのか、ななし!」


視界の外でこちらの名前を呼んだ、二人組の所為だった。

ぽかんと口を開けて天を仰いでいたななしは、声のした方へと顔を向ける。
ななしが座る斜め前には、サッカー部が使っているゴールネットがあった。そこに二人の男が立っていて、それぞれ鋭い視線をこちらに向けている。


「そんなに声張らなくっても聞こえてるって。見てる見てる」


手をぱたぱたとさせてななしは言うが、どうやら信用されていないらしい。ゴールから少し離れたところに立つ、黒い髪で目の下にクマをつけた男…ローは、視線にじとっとした疑いの色を混ぜている。


「嘘をつけ。見てなかっただろ」

「見てるってば。…えぇっと…次が8回目だっけ…?」

「…10回目だ」

「あれ? そうだっけ?」

「やっぱり見てねェじゃねェか!」


ゴール前に立つ赤い髪に頭にゴーグルをつけた男…キッドはそうわずかに怒りの色を滲ませて、声を荒げて会話に参加してきた。
口調も顔つきも怒りそのものと言う感じで、元より鋭い目つきを更に鋭くさせて、こちらを睨みつけている。他の生徒なら見た目と声で怯みそうな怖いオーラも付属で放っているが、しかし彼の“アレ”はいつもの事なので、ななしはさして気にも留めていない。


「何回言わせんだななし! しっかり見とけよ!!」

「まったくだ。なにしろお前は…」

「“見届け人”なんでしょ。もう耳タコだって…」


むしろ呆れ顔で、二人を軽くあしらう。


「分かってるんなら、しっかり見てろ!」

「あァ。おれがコイツに勝つところをな!」

「それはこっちのセリフだ。ユースタス屋」

「んだとテメェ!!」

「(…また始まった…)」


まるでデジャヴのような何度も見たその光景に、ななしは再び天を仰ぎたくなった。…そう。“何度も見ている”。昨日も、一昨日も、一週間前も、一ヶ月前も…一年前もそのずっと前も。
彼らはほとんど毎日と言っていいほど、何かにつけて喧嘩して、こうして勝負をしている。その勝負は様々で、今日はサッカー部の部活が午前中で終わっているのをいいことに『PK』で勝負することにしたらしい。

そうして“見届け人”として、ななしが呼び出されたと言うわけだ。ほぼ毎回同じような流れに、ななしもこうして素直に呼び出しに応じたわけだが…流石にこんな日ばかりは、屋内の勝負でも良かったんじゃないかとひっそり思う。


「(まあそんなこと、言って聞く二人じゃないか…)」


ななしとローとキッドの三人は、幼稚園からの幼馴染みだ。二人が他人の意見を素直に聞く人間じゃないことくらい、とうの昔から知っている。
なので大人しく、こうしてベンチに座って事の顛末を“見届けている”のだが…。


「(まだ終わりそうにないよね…これ…)」

「分かってんだろうな! “今週”の罰ゲーム!!」

「言われなくても分かってる! “週末ななしの買い物に付き合う”だろ!!」

「…今週は買い物…か…」


ぽつりと、そんな言葉をななしは吐く。
彼らはああ言っているが、実際ななしに週末買い物に行く予定は“ない”。いつもこうして、二人に毎週の予定を勝手に決められてしまっていた。
…確か先週は「負けた方が週末ななしが映画に行くのに付き合う」…だった気がする。他にも「遊園地に行く」「水族館に行く」「公園に行く」などなど。おおよそ一人で行くには勇気のいる場所に、ななしは「行く」事になっていて。何故かそれに付き合ってもらう“罰”を決める形で、二人はこうして勝負をしていた。

勝手に予定を組まれ、しかもそれを“罰ゲーム”にするなど、普通なら声を上げて異議を唱える所だ。
しかしななしがそれをしないのは、そんな事をしても“無駄”だと…と言うより、“意味がない”と知っているからだった。
なにしろ、昔から今まで、勝負など“一度も”ついたことがないのだ。言うだけ、労力の無駄と言うかなんと言うか…。


「(…昔…か。昔は二人とも可愛かったのになぁ…)」


幼稚園や小学校のまだ三人が小さかった頃は、「一緒にお片付けする」とか「砂のお城を作る」なんて可愛げもあったのに…。
中学高校と成長するに従って、年相応の男の子らしく血気盛んになり、目つきも鋭くなって、すっかり昔の可愛さはどこか彼方に飛んで行ってしまった。小さい頃はななしだって「ケンカはだめ!」と二人を叱ったりしたものだが、大きくなるにつれて言うのを諦めてしまった。おまけに自分自身が『罰ゲーム』に選ばれていることも、今ではどうも思っていない。恐らく“何か張り合うものが無いと”という意味合いで、手近なななしが引き合いに出されているのだろうし。
…などと冷めて考えてしまう辺り、どうやらななしの純真な心も、成長してどこかへ行ってしまったらしい。


「(昔はローもキッドもあんなに…)」

「ななし! そろそろ始めるぞ!」

「ちゃんと見とけよ!」

「はいはーい」


可愛かった昔に想いを馳せていたななしは、二人の声で現実に引き戻された。視線を向ければ、言い合いが一段落ついたらしいローとキッドは、それぞれ定位置に付いている。どうやら、10回目の勝負が始まるらしい。


「(早く終わらないかな…。こんなに暑いんだし、早く涼しいところに行きたい………ん? 涼しい…?)」


再び意識を逸らしかけたななしは、「あ…」と言って立ち上がる。かと思えばゴールポストに小走りで駆け寄り、


「ねぇ!」

「っ!!! おい、馬鹿…!!」


二人に向かって声をかけるのと、ローが勢いよくボールを蹴ったのが、ほぼ同時で。運悪くボールがカーブを描いて、ななしの方へと飛んで行く。


「危ねェ!!」


あわや直撃かという距離で、抜群の瞬発力を発揮したキッドが思いっきりボールを弾き飛ばした。その風圧で、ななしの前髪がふわりと揺れる。


「おぉぉ…ナイスセーブ」

「馬鹿野郎! いきなり出てくるんじゃねェよ、危ねェだろうが!!」


弧を描いて飛んで行くボールを見送りながら言うななしに、振り返ったキッドが焦りと怒りの混じった声を出した。実際、ななしに直撃したかもしれない事を考えると、キッドの怒りは当然だ。仮に当たらなくても、不用意に近付くのは誰が見たってななしが悪い。
それに対して素直に謝罪を述べていると、ローが慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ごめんごめん」

「ななし、大丈夫か! 怪我は…!!」

「あ、うん。大丈夫」

「テメェもテメェだ、トラファルガー! ななしに当たったらどうすんだ!」

「ゴールの隅を狙ったんだ。…第一、お前に言われなくても分かってる…!!」

「まあまあ、実際当たらなかったんだし」


二人を交互に見ながら、ななしは「ね?」と手をひらひらとさせる。その宥めるような動作に、ローもキッドもななしをじとっと睨みつけるが、その内諦めたようにため息を一つずつ。


「…それで? 何だったんだ?」

「あァ。よほどの用なんだろうな…」

「あ、うん。あのね」


どうやら、こちらの話を聞いてくれるらしい。随分と落ちついてきた二人の態度に、ななしは笑顔で告げた。


「私、アイス食べたい!!」










無意識のゼロセンチ








にこにこと主張したななしに、二人は一瞬面を食らって、次の瞬間には


「……は?」

「…何だよ急に」

「だから、こんなに暑い日は、アイス食べに行こうよ!」

「……」

「……」

「あ、二人も思ったでしょ! そうだよね、やっぱり暑い日には、アイスに限るよねぇ」


二人ともが無言になったのを『同意』と捉えて、ななしはうんうんと頷いた。夏真っ盛りの、日差しが強いこんな溶けそうな日は、涼しい部屋でアイスを食べるに限る。ここでいつまで続くか分からない勝負を見ているより、よっぽど有意義で素敵な時間になるはずだ。

キラキラと目を輝かせるななしを見て、キッドとローはお互い顔を見合わせる。そうして二人とも同じことを考えていたのか、静かに空気をピリつかせた。


「…だったら…」

「今からそれを勝負で…」

「あーもう、それはいいんだって! 勝負してたら日が暮れちゃうでしょ!」


また勝負で決めようなどと言い出した二人に、痺れを切らしたななしがゴールポストから離れる。そうして二人の間に割って入ると、左腕をキッドの腕に、右腕をローの腕に、それぞれ引っかけた。


「なっ…!!」

「おまえ…っ!!」

「言い出したの私なんだし、心配しなくても奢ってあげるって!」


普段は勝負に割って入る事はそうそうしないななしだが、今は違う。今は、一刻も早くこの灼熱のグラウンドから移動したいのだ。それになにより、アイスも待っている。

腕を組んで歩きだすななしに、両サイドの二人は慌てた声を出したが…。多少の実力行使は、今回ばかりは目をつぶってもらおう。


「…おい、ユースタス屋」

「んだよ…トラファルガー」

「もう少し“離れたら”どうだ」

「あァ? テメェこそ“近ェ”んだよ」

「あーもう、煩いな二人とも。置いて行くよ!」

「そうしろななし。トラファルガーの方を置いてけ」

「何を言っている。ユースタス屋の方にしろ、ななし」

「言い合いするなら二人ともだよ! キッドも、ローも!」


などと強めに言うななしの言葉を最後に、三人はグラウンドを後にした。

ひとまず今日のところは、勝負はおあずけで。





おしまい。
Title:確かに恋だった 様





§無意識のあとがきゼロセンチ§

…つ、遂に手を出してしまいました…。
ローとキッドとの三角関係…しかも幼馴染み設定のやつ…。
いつかやりたいなぁと構想だけは持ち続けていて、しかし形にならず、今回無事こうした形に落ちつきました。
文字の色は(個人的に思う)二人のイメージカラー、キッドの赤とローの灰色を混ぜて、赤いパステルカラーぽくしております。…いやでも赤と言うよりピンクっぽくなってしまった…。

きっとどの素敵サイト様でも取り扱ってる“ありがちネタ”だとは思っているんですが…ともあれ楽しんで頂けますと幸いです…! 年齢的にはローの方が年上だったり、キッドの幼馴染みはキラーだったりと、何かと「違う」部分も多々あるのですが…どうしてもこの二人で作りたかったのです申し訳ありません…!
書いてた本人はとても楽しかったのですが、喋り方が似てなさそうで大変ごめんなさい。
あれ…ローもキッドも書いたことあったのにな…おかしいなぁ…。
(そこからがそもそも似ていなかった可能性が…)

因みに季節的には、夏休みのつもりでした。
ここ最近、まだ夏も残っていて暑かったので、32日色んなフレーバーが楽しめる店のアイスが食べたいなぁと書き始めたんですが、作っている最中に地元に集中豪雨みたいな雨がどさっと降って、止んだら秋が来たように涼しくなってしまいました。
…ま、まあ…アイスはいつ食べたって美味しいんで!(開き直りの呪文)
あとは二人の間に入る三人目が、両端と腕組むやつがどうしてもやりたくて、あんな強制終了の形をとらせていただきました。…青春っぽい感じが少しでも出せてたら良いな…。


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世


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