短編
□幸せにしてよ
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賑やかな食堂で、嘆く声が響いた。
「うわーんっ!! エースのバカァァァァッ!!!」
しかしその声は周囲の喧騒に消え、叫んだ本人は悲しくなったのか「うぅ…っ」と言って机に突っ伏す。
酒の席と言うこともあって、彼女が叫んだ言葉も行動も、周囲はあまり気にしていないようだった。しかし隣に座っている人間にはダイレクトにななしの声が耳に響いて、つい眉を顰めてしまう。
「はぁ」と溜め息を吐いた隣は、短く
「…うるせェよい」
「……うぅ…っ、これが…これが叫ばずにいられようか…?」
「酔ってんのか? おめェは」
「酔ってない! …酔ってない…」
「がばっ」と上体を起こしたななしは、一緒に酒を飲んでくれているマルコに掴みかからん勢いで「酔ってない」と主張した。マルコから見ればその言い方が『酔っている』んだろうが、指摘すればななしは怒るだろうしまた面倒になるだろうことは目に見えていたので、黙って酒を飲んでおく。
一方のななしは、マルコがそう思って黙っていることなど露知らず、握りしめた酒の入ったジョッキをじっと見つめた。
そして思い出す。
今日、町で見た楽しそうに笑う隊長の姿を。
「エースの…バカ……」
そして、エースと一緒にいた、綺麗な“女”の姿を。
「(自爆だったなぁ…)」
町なんかに行かなければ良かった…。
ななしは何度もそう思う。確かに今日はエースと一緒に買い物に行くと言う予定は無かったし、彼を追いかけたのだって自分が勝手に好き好んでやっただけだ。ただ“一緒に買い物に行きたい”と思って、先に出てしまったエースをあちこち走り回って一生懸命探したのに…。やっと見つけた場所に、まさかあんな光景が広がっていたなんて……
あんまりすぎるじゃないか、カミサマ!!
「……ねぇ、マルコ」
「…なんだよい」
「…付き合って…」
沈みきった声でそう言えば、呆れたような声が返って来る。「カラン」と氷の入ったジョッキを傾けながら、
「もう付き合ってるだろ」
そう言ったマルコに「違う」とななしは言って、静かに口を開いた。
「酒に、じゃない。…私と付き合ってよ」
「……」
「『恋人になって』って言ったの」
不貞腐れたように口を尖らせるななしに、マルコは顔色一つ変えない。
また溜め息を吐いて「無理だろい」と言ってから、
「おめェ…、エースが好きじゃねェか」
「……うん」
「他の男が好きな奴に『付き合え』と言われて、はいそうですかと付き合う人間が何処にいるってんだよい」
「……うん」
「バカか、おめェは」
「………うん」
「……」
「いいんだ…もう…」
もう一度机に突っ伏してななしは鼻をぐずぐずさせて、そう言った。マルコの言うように酒に酔ったのか、ネガティブな考えに拍車がかかる。もう悪い考えは渦を巻いて奈落まで降りていって、歯止めが効かない。
隣でマルコが何か言っていたが、ネガティブ思考のななしの耳にはちっとも入ってこなかった。
「私は失恋したも同然なんだから」
「なんだななし。失恋したのか!?」
「あぁ、そうらしいよい」
背後で聞こえた大きな声に、何故だかカチンときた。自分がこんなに落ち込んでるのに、どうしてこんなにお気楽な態度なんだ! そう言いたげな顔で振り返れば、
「そうだよ…! このななしは本日失恋して………ぁっ」
「マジかよそれ! 相手は誰だ!?」
「……げ…エース…」
酔いが、一気に冷めた。
振り返った先に突っ立っていたのは、ななしの上司である2番隊隊長火拳のエースで。
両手には山のように盛られた料理皿を持ち、口いっぱいに料理をほおばった状態で、エースはそこに突っ立っていた。隣を見れば、マルコが立ちあがるところで
「ちょっ、マルコ! どこ行くの!!?」
「…用を思い出した。オヤジんとこ行ってくるよい」
「え、あ、わ、私を一人にする気…!?」
「……一人じゃねェだろうよい」
なんて言ってエースを指差す。それに対しても噛みついてやろうと口を開きかけるが、「頑張れよ」と言ってマルコが行ってしまう方が早かった。
次第に小さくなり消えていったマルコの背中を茫然と見るななしの空いた隣に、エースが何も無かったような顔をして平然と座る。
気まずさの化身が、腰を下ろした気がした。
「で。おめェ、失恋したっての、アレ本当か?」
「……それ、本人に聞く? 普通…」
がつがつと食事を再開したらしいエースをまともに見ることが出来なくて、ななしはエースとは反対の方を向いて答える。本当は、この気まずさに今すぐ走り去ってしまいたい気分に駆られているが、何故かそれが出来ずに座ったままだ。
しかし彼の声を聞いていると、昼のことを思い出してしまう。
それは、気持ちが拒んでも脳が勝手に思い出す映像で、
「…まあ……失恋決定…みたいな感じ…」
何故かスロー再生されるような、いらない演出までしてくる。
「そうか…。でも、おめェにもいたんだな! 好きな奴! 誰だよ」
「エースは……どうなの…?」
答えなんて、分かってるくせに…。
「にししし」と笑ったエースはななしの問いに「ん? おれか?」などと言って少し黙った。そのあと数秒ほど、言いづらそうに考え込んでからぼそりと一言。
「…いるぞ」
「っ!!?」
その小さな言葉は大きな衝撃波となって、ななしを打ち崩す。
何かが、音を立てて割れた気がした。
「……」
「っておい、なんだよななし!! おれのことよりおめェのこと教えろよ!!」
「……いいじゃない…別に…」
「あ?」
「別にどうだっていいじゃない、私のことなんて!!!」
「ちょ、おま…っ、いきなりどうしたんだよ」
突然の大声にエースは狼狽した様子で目を丸くしていた。
いきなり視線を合わせたと思ったら、その目に涙がこれでもかとたまっていたのだ。エースでなくても、きっと誰だってうろたえただろう。
ななしは溜まった涙をぐいっと拭い、なおもエースに噛みついた。
頭の中を流れる映像が止まらないのだ。
二人の笑う、あの映像が。
「エースこそ、もう好きな人の所へ行っちゃえば!? 今日一緒にいた人の所へ!! もうさっさと行っちゃいなさいよ!!!」
「今日って…。まさか…見てたのか…!!?」
「あの人綺麗だね! 私とは天と地ほどの差があるくらい! お似合いだよ、二人とも!!」
「ばっ、ち、違ェよ!! あれは…」
「違う? なにが違うのよ」
「あれは……」
「だから私は失恋決定なの! …マルコと飲み直してくる……」
ジョッキに残った酒をぐいっと煽り、ななしはマルコの消えた方へと歩き出そうとする。だが、席を立ったと同時に「待てよ」と腕を掴まれて、移動は阻まれた。
視線を下げれば、珍しく神妙な顔つきのエースがこちらを見ていて。
「もしかして、ななしの好きな相手ってのは…」
「そうだよ」
エースの言葉を遮り、ななしは低く告げた。
拭ったはずの涙が再び溢れて来て、今度はもう止める気にもなれない。
自分が口を滑らせて招いてしまったことだったが、エースに知られてしまったことで、もう隠す気にもなれずにいる。
酒の力を借りて、ななしは自棄を起こしていた。
「私はエースが好き!! でも、今日見たあの人には勝てる気がしないの! 私はあの人みたいに背は高くないし細くないし、髪だって綺麗じゃない! 清楚じゃないし、美人でも無い!! ……エースと釣り合うのは、やっぱりああいう人なんだよね…」
「………」
「笑いたきゃ笑えば!? …もう、手を離して! 私は今からマルコの所行って飲み直すんだからぁっ!!」
「っ、ちょっと待てよ!! おめェ、何か勘違いしてんだろ!!?」
「勘違い!?」
「ああ勘違いだよ! あれは買い物に付き合ってもらっただけだ!!」
「そんなの嘘っ! ならなんであんなに幸せそうだったの? すっごい幸せそうに笑ってた!!」
「二人とも!!」と言ったななしに、エースは言葉につまる。その沈黙が答えのような気がして、ななしは「ほら、図星だ」と吐き捨てるように言った。
一方で何も言わないままのえースはと言えば、少し考えるような顔をした後、ようやくななしの腕を離してから乱雑に頭をがしがしと掻いている。
かと思えば立ち上がり、
「本当は、もう少し経ってから渡そうかと思ってたんだが…」
そう言ってポケットから出したのは、綺麗な銀のペンダントだった。
突然のことで呆けた顔になったななしに、いつの間にか真っ赤になったエースが何故か少し早口になりながら言う。相変わらず、乱雑にがしがしと頭を掻く姿は、照れ隠しのようにも見えた。
「もうすぐななしが来てから一年だろ。だから記念に何か渡したかったんだが…女のほしいもんは何かさっぱりわかんねェ」
「………」
「だから頼んだんだ。……悪いかよ…!」
「うん。悪い」
なんでもいいのに…。
エースがくれるものなら、なんでも構わないのに……。
ペンダントを受け取ったななしは即答し、そのあと小さく「バカ…」と呟く。つい数分前まで大声で喚き散らしていたとは思えないほど、今は幸せな気分に包まれていた。まるで餌を貰った犬のように尻尾をぶんぶん振っている(つもりの)ななしは、渡されたペンダントをただじぃっと見つめている。
それをエースは見ながら、「それと」とまだ真っ赤になりながら続けた。
「おれが好きなのはななしだけだ」
「!!?」
「だから、か、勘違いすんなよ」
「……エース…」
「…な、なんだよ」
「今の、もう一回言って…?」
「い!!? 言えるかバカ野郎ッ!!!」
「ヒューヒュー!! めでたく両想いだなァ!! お二人さん!」
「…サッチ……!!」
ななしとエースは、サッチの声ではっとする。
周囲はいつの間にかしんと静まり返っていて、二人の声だけが辺りに響いていたことに、今更気付いた。勿論立ちあがっているのも二人だけ。辺り一面、見渡す限りの人の目が、二人に向かっていた。
そして、サッチのその声で、黙っていた全員がまた騒ぎ出す。
何事も無かったかのような賑わいだったが、「めでてェな!」とか「熱いぜ」とか言っている辺り、酒の肴は二人のことのようだ。
その状況を呑み込むのに数秒を要し、理解出来た頃には二人とも顔を見合わせて苦く笑うしかなかった。
「…エース……」
「なんだよ」
「さっきはごめんね…」
「…もう気にすんな」
「……みんな…どこから聞いてたのかな…」
「……さァな」
正直、エース自身も次第に熱が入った所為でどこから周囲が静まり返っていたか覚えていない。もしかしたら言い合いを始めてすぐだったかもしれない…と考えただけで、聞かれていた気恥かしさで軽くブルーになれる。
それはつまり、言い訳も告白も、全部聞かれていたと言うことで…。
ばつの悪そうに顔を顰めるエースに、小さくななしは声をかける。
「……エース……」
「なんだよ」
「私…今すごい恥ずかしい…」
「奇遇だな。おれもだ」
「…でも、すごく嬉しい」
気づけば耳まで真っ赤に染まっていたななしは、エースの腕を引っ張って小さく耳打ちした。
「だからさ…」
幸せにしてよ
「…!!?」
途端、瞬間沸騰したと言わんばかりに全身真っ赤になったエースは、何かを言うわけではなく黙ってななしの方を見た。その顔は面を食らったようで、適正な言葉が見つからないのか口を開けては閉じている。
「ね?」
念を押すようにそう言って、ななしが笑った。その顔を見て更に全身を赤くしたエースは小さく
「…当たり前だろ」
と言う。
その声は小さかったが、とても強い想いが込められているように、ななしは感じた。
おしまい
【title:色恋沙汰】
§あとがきと幸せにしてよ§
そういったわけでして、甘い?エース夢が出来上がりました。大変お粗末さまでございました。
名探偵湖南の映画に気を取られながら、なんとか書いていきました。
『ヒャッペンミタネタ』でお送りしてきましたが、如何でしょうか…。まあ『ヒャッペンミタネタ』なことは重々承知しております。その辺の苦情は受けかねますのでご容赦くださいませ…!
…にしても、マルコの素敵スキル『クウキヨメル』が素晴らしい。実際はエースの「さっさと離れろよ」オーラを感じ取って自分から離れたんでしょうが(私の中ではエースは独占欲が強い子です。マルコは周りの空気が読める子です)、……どっちにしても素晴らしい! 流石1番隊隊長!
そして、きっとマルコとオヤジは終始二人をしっかり観察してるよね! オヤジは楽しんでそうな気がします…。マルコは苦労してそう。そんな私の想像。
白ひげ海賊団はみんないい人ですね! 楽しい、とも言う。
一読感謝です!
また、次でお逢いできますことを…。
霞世