短編

□同情するならキスをくれ!
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夜の涼しくて冷たい風が、頬を撫でる。

船の縁から身を乗り出して暗い真っ暗な海を「ぼーっ」と眺めていると、横からコップが差しだされた。それを無言で受け取って、口を付ける。コップに入っていたのは冷たい水で、ひんやりとした感触が喉を通って胃へと落ちていった。
勢いよく全部飲みほして「ぷはーっ」と言えば、差し出した相手は少し呆れて


「…酔いは醒めたかよ」

「うん。…ありがと、エース隊長」


酔いが醒めたと言ってもまだ腑抜けたような笑みを向けると、ななしの上司である2番隊隊長…エースは一瞬面を食らったような顔になり、それを誤魔化すかのように乱雑にがしがしと頭を掻いていた。
小さく「いいんだよ別に。部下の面倒みるのは当たり前だろ」と言ってから、


「というか、お前もう二度と酒飲むな」


とななしに「びしっ」と指をさしてそう言った。


「えーっ、なんでー?」

「なんでってお前…っ、宴の時の事覚えてねェのか!!?」

「宴の…時……?」


エースに言われ、ななしは夕食時の酒宴について思い出そうとした。しかし、なにぶん酒が入っていた時のことだ。頭がぼんやりしていてあまり覚えていない。
みんなでご飯を食べていたところまでは覚えているが、ジョッキで酒を煽った辺りから記憶が飛んでいる。
虚空を睨んで考えていたななしを見かねてか、エースは言った。


「お前…急に“なんだか暑くて鬱陶しいですー”とか言い出して、着てるもん全部脱ごうとしたんだぜ?」

「え……!?」

「おれが連れだしたから脱がずに済んだけどよ。止めてなきゃ今頃、大変な事になってたぞ」

「……うっそ…」


ななしの顔から一気に血の気が引いた。
確かに自分を見れば、なんだか半分ほど衣服がはだけた状態で、ボタンが全部外れている。エースが早い段階で止めていてくれたから大事には至らなかったらしいが、もし止めていてくれなかったら……


「だから、もうおめェは酒飲むなよ。まあ飲ませたおれらも悪かったけどよ、でも………ん? どうした? ななし」

「うぅ…っ、もう嫌だ…恥ずかしすぎて消えてしまいたい…」


ななしはがっくりと項垂れて手で顔を覆った。
少人数ならまだしも、よりにもよって“酒宴”の最中だ。乗組員が千を越えるこの白ひげ海賊団の酒宴で、よりにもよって一人ストリップショーをしようとするなんて…。

一世一代の恥…というかもうみんな忘れてくれ!! 悪い夢だったと言うことで!!!

たとえ未遂に終わっても、しばらくはななしを見て何か言われるんじゃないか…。
そう考えただけで、明日からもう部屋にひきこもりたくなる。

「はぁぁぁぁぁ」と重すぎるため息を吐くななしに、何故かエースが慌て始めた。
恐らく、ここまで落ち込むと思っていなかったのだろう。彼にとっての誤算は、“女心”をわかっていなかったことだ。
異性の方が圧倒的に多いこの場所で、起こした事件は未遂とはいえ大きい。
男なら例え全裸になったところで笑って流せることも、女ではそうはいかなかった。それは『若気の至り』なんて言葉で済ませるには、あまりに重たいことで。


「や、ほら……な! あんまり気にすんなよ。みんな明日になりゃ忘れてるさ!」

「いいや、絶対覚えてるね。それで明日絶対言われる…」

「そ、そうか…? まあ酒の席だしよ、あんまり覚えてないと思うぜ?」

「そんなことないです」

「なんなら今から聞いてくるか?」

「………」

「…やめとくか」


苦く笑ったエースを尻目に、ななしはもう一度溜め息をつく。
もうみんなの所へ帰る気にはなれなくて、いっそこのままここで夜を過ごしたいとさえ思った。…でも流石に寒いから、やっぱりみんなが寝静まったころに帰るとしよう…。


「……ねぇ、エース隊長…」

「だから覚えて………なんだ?」

「私のこと…可哀想って思ってくれます…?」

「…そりゃ、飲ませたのはおれたちだからな。多少の責任は…」

「だったら…」


負い目を感じているらしいエースの言葉を、ななしは少し強めに切った。


「だったら」









同情するならキスをくれ!







「…………はぁ…!??」

「だから、『私に同情してくれているなら、キスして慰めてください』って言ったの」

「ばッ、何言ってんだ!!」

「それに私、前からエース隊長のこと好きだったし」

「!!? 好…ッ」

「この際ついでに告白しちゃったけど」

「ついでかよ!」

「隊長がキスしてくれたら、きっと幸せすぎて今日のこと忘れられると思うんだ。…今だけ」

「……おま…っ、それ本気で言ってんのかよ…」

「超本気。…隊長…全身真っ赤……まさか酔ってる?」

「違ェよ!! おめェと一緒にすんな!!」

「もう酔ってないよ。…じゃあ照れてる? 意外と照れやさんだね、エース隊長」

「………」

「隊長?」

「…さてはおめェ…まだ酔ってんだろ!!」

「だから、もうとっくに醒めてますってば」

「嘘だな。その目はまだ酔ってる目だ!! 第一、今言うことじゃねェだろ!」

「何を」

「…好き、ってのだよ」

「……今言わなきゃ、いつ言うの?」

「………意味わかんねェ…」

「…全身真っ赤になりながら言われてもなぁ…」

「!! これは違…!」


真っ赤になりながら反論しようとするエースの言葉を遮って、ななしは溜め息をついた。「それで」と短く言ってから、真剣な顔つきで。


「してくれないんですか? キス…」

「………」

「ほらほら」

「……ッ」


何かを言いたげに口を開いたエースは、しかし何も言わずにもどかしさを顔に出して頭を乱雑に掻いた。ななしに聞こえないような小さな声で「…こんな所で出来っかよ…」と言ってから


「ちょっと来い」

「あれ? ここでしてくれないの?」

「いいから来い…!」

「星空の下で…って、結構ロマンチックだと思ったのになぁ…」

「いいから!!」


まだロマンだのムードだのと言っているななしの手を引いて、二人は甲板を離れた。

その後の二人の行方は、彼らしか知らない。



おしまい
title:色恋沙汰 様



§同情するなら後書きをくれ!§

…ひっさしぶりに創作を読み返していたら、何故か別の短編の下にコレがくっついてまして…。
一応完成していたこともあって、もう恥をあえて晒していこう!と今回出させていただきました。…恐らく友人と一緒に立ちあげていた火拳企画の提出物予定だったものだと…思われます。
一部加筆修正など手直しもさせていただきましたが、殆どそのままです。
約9年前の粗さより、エースの可愛さと空気感を優先してしまいました…。
いつもの通りの稚拙さは目立つのですが、楽しんでいただけたらなぁと思います。

…既に火拳はあんな感じだとか、海賊団は現在…とか、色々思うこともありますが、
まあこんな幸せな時もあったら良いなぁって、今は思っています。


では。
一読、有難うございました。
また次で、お逢いできます事を。

霞世


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