狼まで、あと何秒?

□クロコダイルの場合
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「クロコダイル! トリックオアトリート!!」


玄関を開けて出てきた人物に、ななしは元気よくそう告げる。
一瞬驚いた顔をしたクロコダイルは、瞬時に目の前の状況を理解したらしい。呆れ半分でため息交じりに、こちらへ言葉を返してくる。


「…なんて格好してやがんだ、ななし…」

「えぇぇ、良いじゃない。可愛いでしょ? ウサギだよ?」


白くて丸い尻尾の付いたスカートを見せるように、ななしはくるりとその場で一回転して見せた。フリルの付いたスカートは、回転に合わせてふわりと揺れる。
そう。
今のななしの格好は、“ウサギ”だ。…正確には“バニーガール”と言うやつ。ノースリーブ型のシャツに、フリル付き膝上丈のスカート、頭にはウサギの耳型のカチューシャを付けていた。
その格好に対しての、クロコダイルの感想は。


「…ハロウィンなら、もう少し“それらしい”格好があったと思うがなァ」

「……し、仕方ないじゃない。これしか無かったんだから…」

「嘘つくんじゃねェよ。今はシーズンなんだ、探せばいくらでも…」

「無かったの! 友達とまとめて買って、じゃんけんで順番に選んで…これが最後だったの! “余り物”!!」


わずかにまくしたてるように、ななしは言う。
友人たちと「ハロウィンなんだし、コスプレしよう!」と企画が立ちあがった…までは良かった。しかし、まさか適当に買った衣装の中から、自分が“コレ”を着るだなんて…誰が思っただろう。…いや、誰も思わなかったハズだ。

だって最後まで残ったんだもん。絶対ハズレ枠…“ネタ枠”だよ、これ…。


「……」

「…な、何よ。似合わない?」


似合わないのなら、いっそ思いきりなじってほしい。
そんな気持ちでななしは見上げるが、心なしか冷たい目をしているようなクロコダイルは、少し考える素振りをしてから。


「そうだな…」

「………」

「……ちょっと待ってろ」


玄関先にななしを残して、さっさと家の中へと消えてしまった。


「(…なによ。クロコダイルのヤツ、可愛いとか似合ってるの一言も無いわけ?)」


一人ぽつんと残されたななしは口を尖らせて、心中でそんな言葉を吐く。最初は勢いに任せて何も思わず…と言うか考えないようにしていたが、一人になると急に我に返ってきた。
それに、クロコダイルのあの反応も、ななしに冷静さを与える材料になっている。

そりゃあ私だって…好きでこんな格好してるわけじゃないし。


「(むしろ露出が多めで、恥ずかし過ぎるくらいだし!)」


ななしにだって、もちろん羞恥心はある。ましてや、普段着ないような“非現実的”な格好をしているのだ。いくら仮装という建前があったところで、着るまでには相当な抵抗も葛藤もあった。
それでも、この衣装を着てここに立っているのは、


「…折角だから、クロコダイルにも見てもらおうかと思って来たけど…」


彼に見てほしいと思う、その一心からだった。

ななしとクロコダイルは、小さい時からの幼馴染みだ。一緒に遊ぶ仲の良い友達から、恋心を抱く相手に昇華したのは、いつからだっただろう。…よく覚えていない。それだけ二人は長く一緒にいて、それだけ自然にななしは恋をしていた。
すらりと高い身長も、落ちつく低い声も。怖い見た目をしているのに、実は気遣いが細やかだとか、何だかんだ言っても心配してくれるところとか。…クロコダイルの魅力的な部分を挙げれば、キリがない。


「失敗だったなぁ…」


ななしはしゅんと項垂れて、フリルの付いたスカートへと視線を落とす。
もし…もしクロコダイルが「可愛い」って言ってくれたら…。舞い上がった気持ちに任せて、今まで想ってた事を全部言えるんじゃないか…。あわよくば、両想いになれたり…しないかな…。
そんな淡い期待を持っていた自分が、恥ずかしくなる。

どこまでも自分が愚かで、惨めに思えてきた。次第に込み上げる泣きそうになる気持ちを、ななしは頭を振って飛ばそうとする。ついでにため息を一つ吐いて、踵を返した。


「あーもう。やめやめ! もう帰ろ。こんな格好恥ずかしい…」

「恥ずかしいと思うんなら、最初からすんじゃねェよ」

「!!?」

「…あと、待ってろって言ったろ」


ななしが歩き出すと同時、背後から戻って来たらしいクロコダイルの低い声が降ってきた。突然の制止に、びくりとななしの肩が震える。そんな事など恐らく見えていないクロコダイルは、靴を履き直して、トントンとつま先を鳴らしていた。

そうしてこちらへと歩いてくる音が数歩聞こえ、何やら布を広げる音と、同時に“何か”にふわりと包まれる感覚がする。


「……!」

「ったくお前は人の話を…」

「…何これ…コート?」


自分の肩口辺りを見ると、黒いファーの付いたコートがかけられていた。
おそるおそる振り返ったななしに、クロコダイルはいつものように呆れ顔で、しかし優しい音で言う。


「腕が出すぎて寒いだろ。仕方ねェから貸してやる」

「……あったかい」

「だろうな」


腕にかかるコートをぎゅぅっと手繰り寄せて、ふわふわのファーに顔をうずめる。…静かに呼吸をすると、クロコダイルの匂いがした。


「…ねぇ、クロコダイル」

「あァ?」

「この格好…やっぱり変かな…似合ってない…?」

「……」


すっかり自信を無くしたななしがそう訊ねれば、クロコダイルは数秒黙って。


「変と言うか…」

「…と言うか?」

「露出があり過ぎて目のやり場に困る。…似合ってはいるが」

「……」

「……何だ」

「え、あ…いや! 別に!?」


「何でもない!」と、ななしはコートが落ちない程度に勢いよく手をぶんぶんと振った。それにクロコダイルは怪訝な顔をしたが、とりあえず笑って誤魔化しておく。

クロコダイルに「似合っている」と言われたのが、たまらなく嬉しかった。どうやら顔には出てなかっただけで、ちゃんとそう思ってくれたらしい。おかげで先程までのネガティブな気持ちが、一気に跡形もなく吹き飛んだ。
…まあ突然のことだったのでかなり驚いたし、なんだか急に顔が熱っぽくなってきたんだけど。


「そ、それより! トリックオアトリートだってば!!」

「そう急かすんじゃねェよ。ほら」


誤魔化すようにまくし立てるななしに、ため息を一つ吐いたクロコダイルは可愛いイラストが描かれた小さな紙袋を差し出す。受け取って中を覗けば、これまた包み紙の可愛い小さな小箱が入っていた。


「うわぁ、可愛い! これ買ってきたの? クロコダイルが? そのなりで?」

「うるせェな。…これで満足か?」

「うん! ありがとう! クロコダイル!!」

「……あァ」


これを持ってレジに並んでいる姿を想像して、ななしはにたにたとクロコダイルを見上げる。想像されていることを察したのか、クロコダイルはわずかにそっぽを向いた。
薄暗くてよく見えないが、その表情は不機嫌そうに…でも、少し照れたようにも見える。


「…あ。ところでクロコダイルは? 言わないの? “あの言葉”」

「馬鹿言え。誰が言うか」


まだそっぽを向いたまま、クロコダイルは冷めたような口調で言う。まあその返答は、想定内だ。むしろ、このイベントに喜んで参加する姿の方が想像出来ない。
未だにやにやとしたななしは片手を口元に当てて、つい嬉しさのあまり。


「へぇぇ。そっか〜、そうだよね〜。まあ言われたところで、“何も持ってきてない”んだけどね〜」


しれっと、“墓穴”を掘った。


「……は?」

「だって、クロコダイルが言う筈ないって分かってたもん。毎年準備してたって、結局自分用に…」

「…なら、トリックオアトリート」

「なってるんだから………ん?」


言葉を止めたななしは、疑問符を付けてクロコダイルを見上げる。…今、聞き間違いでなければ、あの“魔法の言葉”を聞いたような…。

訊ね返した先で、気付けばこちらに視線を戻したクロコダイルが、不敵に口角を上げていた。


「聞こえなかったか? ななし。菓子かイタズラか、選べって言ったんだ」

「………え…?」

「あァ、悪い。お前は“菓子を持ってない”んだったなァ」

「え、あ、いや…」


……なんだろう、なにか…嫌な予感が…。


「なら、答えは“一択”だったな」


そんな言葉を聞いたと同時、コートの襟を掴まれ、くいっと引き寄せられた。


「…そういう自分が不利になる条件ってのは、易々と相手に教えねェこった」


強引に、でも優しくキスをしたクロコダイルがそんな事を言った気がするが…。

顔を真っ赤にして、頭の回路をショートさせたななしは、この辺りからの記憶が曖昧で…。
よく覚えていなかった。



狼まで、あと5秒。



おしまい
Title:確かに恋だった 様




§あとがき§

ハッピーハロウィーン!! その1!!
というわけで、サイトの立ち上げから初となります『ハロウィン企画』となります!
あれこれ一人で考えていたのですが、管理人は残念な引き出ししか持っておらず、悩んだ末に頼ったのが“アミダクジ”でした。
なので今回の企画では、
ヒロインの“性格”や“仮装の格好”、“現代パロか否か”、さらには“掲載の順番”までもを、すべてアミダ様の言うとおりにさせて頂いていております。

トップバッターになりました【クロコダイル】は、『幼馴染』の『ウサギ』で『現パロ』となりました。現パロなのと幼馴染みと言うことで、いつものクロコダイルとは少し雰囲気が違っています。たぶんまだ若いので…そこそこのいつもの口調になっている…筈です。

最初は大人社長と幼馴染みを考えましたが、仮装の格好が格好なので…まだ若い方が“若気の”で済むかなぁと思い、かなり若めの設定にさせていただきました。高校か…大学くらいかな…お湯入れて三分待つ、アオハルかよのCMクロコダイルも高校生だし……だ、ダイジョウブダイジョウブ…という居直りの呪文…。
…皆様の社長イメージが崩れてしまわない事を願うばかりです…。大変すみません…!


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世

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