狼まで、あと何秒?
□キッドとキラーの場合
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「……」
日も沈みきった、漆黒の海上。
ヴィクトリアパンク号の食堂の椅子に腰掛けて、キラーは珍しく言葉を無くしていた。そうして反応に困った顔をして、目の前の“それ”に視線を向ける。…まあ仮面をつけたキラーがどんな表情をしているのか、分かるのは生憎キラーだけだが。
「…キラー?」
「…ななし、どうしたんだ? その“格好”は…」
名前を呼ばれて、キラーはようやく言葉を絞り出す。わずかに指をさしながら訊ねると、目の前の“それ”…ことななしは、丸く大きな瞳を輝かせてキラーに訊ね返した。
「え、これ? にあってる?」
「あぁ…まあ……」
「かわいいでしょー」
「そう…だな」
「“みにすか”なんだって!」
「…!?」
その場で踊るようにくるりと回りながら、ななしはそんな言葉を口にする。歯切れ悪く返事をしていたキラーは、ななしが発した単語に思わず言葉を詰まらせた。
確かに彼女の履いているスカートの裾は、膝からかなり上の位置にある。まさに、ななしが言う言葉の通りなのだが…。そうだとしても、その単語を幼い少女が口にするのは、かなり違和感がある。…いや、違和感しかない。
「…どこでそんな言葉覚えてきたんだ」
「ん? おとこのひとがいってた!」
「……男?」
「うん! おみせのひと!」
「…そうか」
恐らくは、ショップ店員のことだろう。まったく、余計な言葉を吹き込んでくれる…。
キラーは心中で盛大にため息を吐きながら、既に離れた島の店員に恨み節も言っておく。喋るのは勝手だが、好奇心の塊に変な言葉を教えないでほしい。
…しかも最悪なのは、ななしの格好が…
「そのひとがね、これは“みにすかかいぐん”のせいふくですよ、っていってた!!」
“ミニスカートを履いた海兵”の格好だということだった。
…仮にもこの船は海賊船だ。その中に、幼いが“海兵”がいる光景は、とんでもなく異質だった。しかも仮装と言えど、襟の青いラインや胸元のスカーフなど、いらない部分まで忠実に再現されている。唯一違うのは、履いているのがズボンではなくスカートという点くらいだ。
まるで小さな“海兵見習い”が目の前にいるようで、未だ異物感を拭い切れていないキラーに。
「キッドがね、えらんでくれたの!」
気にする振りを見せず、ななしはそう声を上げた。
それに再びキラーが驚いて聞き返すのは、まあ当然の流れだ。
「……キッドが…?」
「テメェ、ななし!! バラすんじゃねェよ!!」
ななしの背後に少し離れて立っていたこの船の船長…キッドは、ななしの発言に声を荒げて割って入る。背後からの突然の大声に「わっ!」と驚いた声を出したななしは、振り返って疑問の声を出した。
ついでに、キラーも信じられないと言った様子で疑問の声を出しておく。
「えー? なんでいっちゃだめなのー?」
「キッド…お前が選んで…買ってきたのか…?」
「ばっ、違ェよ! 選んだんじゃねェ。それしか無かったんだ!!」
「(買ってきた、には…否定は無しか…)」
目つきを鋭くキッドは言うが、キラーの聞きたかった答えは、おおよそ得られた。
買い出しに町へ降りる前、一緒に行くことになったななしが「ハロウィンのかそうがしたい!」と言った時は相当無下に扱ったくせに…。しっかりと買って戻って来た辺り、やはりというかキッドはななしには甘いようだ。
…まあ“これ”を持って船長が店内をうろついた姿を、キラーはまだ想像出来ずにいるが。
「……」
二人の間に立つななしは、会話の流れでようやく“自分の格好”に違和感を持ったらしい。窺うようにキラーの顔を見上げ、おずおずと声を出した。
「……へん?」
「いや、よく似合っている。“可愛い”のを買ってもらったな」
「うん!」
「…厭味か、キラー…!」
頬をひくつかせたキッドが睨んできたが、あえて見えないフリをしておく。実際まだかなりの違和感は拭えないが、ななしの格好が似合っているのは事実だ。それにキッドは「厭味か」と言ったが、彼が残り物とは言え“それ”を買ってきたのも、また事実である。
キラーに褒められてすっかり自信を取り戻したらしいななしは、思い出したように手を叩いた。
「あ! そうだ、ふたりとも!」
そうして、今日一番の元気な声で“魔法の言葉”を叫んだ。
「トリックオアトリート!!!!」
「……」
「……」
「…おかしをくれなきゃ、“タイホ”しちゃうぞー!」
…どこでそんなアレンジした言い回しを覚えてきたんだ。
「流石にそれは困るな。…これをやるから、捕まえるのは勘弁してくれ」
そう言って、キラーは足元に置いてあった少し大きな箱をななしへと手渡す。両手で抱えるように受け取ったななしは、大きな瞳をより一層輝かせた。
「わぁぁっ。おかしばこだー!」
「テメェも随分と“可愛い”ものを買ってんじゃねェか、キラー」
「まあ一応は、な」
キッドの皮肉を、キラーはさらりと流す。
ななしが「仮装がしたい!」と言いだした時点で、今日が“何の日か”を知っているのは明らかだった。…まあ、まさか本当に仮装するとは思わなかったが…。ともあれ、どっちにしてもキラーはあの大きな箱をななしに渡してやろうと決めていた。
キッドはななしに必要以上に物を与えることを嫌うのだが……まあこんなイベントの日くらいは、大目に見てやってもいいんじゃないだろうか。
キラーの手渡した可愛い絵柄の付いた箱をしばらく抱きしめていたななしは、大事そうに床に置いた。そうして、仁王立ちしているキッドの方へ振り返る。
「キッドは? おかしをくれなきゃタイホだぞー!」
「うるせェなななし…!! …ほらよ!」
やはりキッドにも「逮捕」という言葉は効くらしい。
テーブルに置いてあった“それ”を片手で掴んだキッドは、少しだけ雑に…だがしっかりと、ななしに手渡す。
「これは? てつの…おうち?」
「お菓子の家…じゃないか? ブリキ製の」
しげしげと眺める少女の背後で、キラーはそう言った。
カラフルな色の屋根をしたその家は中央に蝶番が付いていて、真ん中で開くようになっている。試しにななしが開いてみると、中からキャンディやらクッキーが幾つかこぼれ落ちた。
その光景にななしがキラキラと目を輝かせたのは、言うまでもない。
「ふたりとも、ありがとう! だいじにする!!」
どうやら無事、“向こう”のイベントは済んだようだ。
「……じゃあ、ななし…」
「おれからもトリックオアトリートだ」
「…え?」
ほぼ同時に近く、キラーとキッドは声を上げた。だがより大きく声を上げたキッドの方へ、ななしは困惑したような声と顔をして、見上げている。
「…おかしは…ないよ…? だってキッドが、かっちゃダメって…」
「んなこと言った覚えはねェな」
「い、いったもん!」
「言ってねェよ」
「……」
言った言わないの問答を数往復聞いたのち、
「…さて。ななし」
珍しく冷静な、しかしどこか意地悪めいた笑みを浮かべて、キッドは眼下の“海軍見習い”に、こう訊ねる。
「“菓子の無い人間”ってのは…どうなるんだったっけなァ?」
「!!?」
一瞬、びくりとななしの肩が揺れる。どうやら、本能的に“言わんとすること”を理解したらしい。
持っていたお菓子の家を静かにテーブルに置いたななしは、まるで弾かれた鉄砲玉ように、キッドが立つ方向とは逆へ走りだした。
当然、一瞬遅れてキッドも走りだす。
「おい、待ちやがれ!」
「やだー!!」
「逃げんじゃねェ!!」
「きゃーっ。キッドにイタズラされるー!!!」
……何とも誤解を招きそうな言葉だ。
「(…まあ…間違ってはないが)」
本気で追いかけてないとはいえ、キッドがななしを捕獲するのは時間の問題だろう。
船内を走り回る賑やかな二つの声を聞きながら、トリックオアトリートと言いそびれてしまったと、キラーは静かに思った。
狼まで、恐らくあと10年くらい。
おしまい
Title:確かに恋だった 様
§あとがき§
ハッピーハロウィーン!! その3!!
というわけで、サイトの立ち上げから初となります『ハロウィン企画』第3回目となります!
錆びついた引き出しを持つ管理人が、神頼みならぬ“アミダクジ”に頼り、
ヒロインの“性格”や“仮装の格好”、“現代パロか否か”、さらには“掲載の順番”までもを、すべてアミダ様の言うとおりにさせて頂いている単独企画です。
三番手となりました【キッド】と【キラー】は、『幼女』で『ミニスカポリス』となりました。非現パロなので、ヴィクトリアパンク号に乗っている海賊な二人です。
ミニスカ“ポリス”という事ですが、大海賊時代の警察と言えば…と“海軍”に変更しています。ただしスカートは短い!
キッドとキラーは別の個人企画『小さい子と海賊レポート』で出したこともあって、今回の選択肢に入れてまして。幼女の方も、「一つくらいは幼女枠あってもいいよね」と選択肢に入れていました。
まさかこの二つが偶然結びつくだなんて思いもせず、選ばれた瞬間に管理人はしばらく笑い転げてました。なので、この企画で唯一の“既出作品の番外”扱いになります。もしこれが気に入って頂けたら、『レポート』の方も覗いてみてくださると嬉しいです…!
…と言うかキッド海賊団の幼女シリーズ多いですね…。拍手にハロウィン、レポートが二つ。しかも拍手もアミダで決めていたとか…。
どうやら何かとアミダに縁のある三人のようですね。楽しんで頂けますと幸いです…。
一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。
霞世