狼まで、あと何秒?

□スモーカーの場合
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「…あ、あの……スモーカーさん…」


小さな声で呼ばれた気がして、スモーカーは日誌を書いていた手を止める。
ふと顔を上げれば、入口に見知った少女の顔が見えた。


「ん? あァ、なんだ君か」

「あ…あの…っ」

「どうした? 何か事件か?」

「いえ…、そうじゃ…ないんです…」


気を抜けば外の喧騒に消えてしまいそうなほどのボリュームで、少女はそう言う。


「じゃあ…落し物とか…」

「いいえ。それも…違います」

「……」

「……」


すべてに「違う」と答えた少女に、スモーカーは怪訝な顔をした。
ここは町の小さな交番で、スモーカーはそこに勤務する警察官である。来訪者には“用件”を聞くのは、職務上当たり前のことだ。
…まあ彼女とは用件が無くともほぼ毎日のように顔を合わせているし、この返答も、こと彼女に対しては特に違和感はない。

ただ、


「…ななし君。…一つ聞くが…」

「あっ、はい! な、なんですか…!?」

「…君は…どうして“こちらを覗いている”んだ?」


何故か“入口のへりに張り付いてこちらを覗いている”という、不思議な状態を除いては。

いつも平然と入ってくるはずの少女…ななしは、今は何故だか交番に一歩も足を踏み入れない。それどころか、目から上だけをこちらに出して、怪しく交番の中を覗いている。
いくら彼女が内向的な性格だったとしても、スモーカーとは昨日今日の知り合いではない。急によそよそしくなるというか、そんな態度を取られる筋合いは…思い返す限り見当たらない…と思うのだが…。


「い、いえ…あの…。お仕事の邪魔しちゃ悪いですし…」

「…そう…か?」

「はい。そ、そうです…! だからもう帰り…」

チリンチリン…ッ


「ます」と続くはずのななしの言葉は、突如背後から現れた自転車の軽快なベル音に消えた。まったく見えない死角からの突然の強襲に、ななしが軽い悲鳴を上げてその場から飛び退く。


「ひゃぁっ」

「…!!?」

「す、すみません…っ」


そうして謝罪を口にしながら自転車を見送るななしのスカートの下から、


「…ななし君……」


ゆらゆらと揺れる、黒い“尻尾”が見えた。


「な、なんで…す…か………っ!!?」

「その格好…」

「あ…や…、こ、これは…っ」


思わず立ち上がったスモーカーに名前を呼ばれたななしは、自分が隠したかった全身を晒してしまったことに気付いたようだ。火が出るかと思うくらいの真っ赤な顔をして、金魚のように口を開閉させている。
それに対してすぐに目の前の状況を呑み込めたスモーカーは、口先で小さく呟いた。


「……ハロウィンか…」

「!! あの…、ご、ごめんなさい!!」


その言葉を耳ざとく聞いたらしいななしは、さらに羞恥に震えているようで。
いよいよ限界と言った様子で、彼女にしては珍しく、とても大きな声を出した。


「じゃあ、わ、私はこれで…っ!!!」


そうして急いで踵を返し、逃げ出すように走りだそうとするその背中に


「待て…ッ!!!」

「ひっ!!?」


つい反射的に、スモーカーも大声を出してしまった。
…いや、これはある意味職業病だ。“逃げる者を捕まえる”という、訓練された犬にも似た、悲しき習慣のようなもの。

小さく悲鳴を上げたななしは肩を震わせ、動きを止めた。そうしてびくびくした様子で、ゆっくりこちらを振り返る。


「…あー…悪ィ。つい癖で」


犯罪者でもない一般の…しかも女の子に対しては言うもんじゃなかった…と内心では思うのだが、もう後の祭りだ。言葉は既に、口から飛び出してしまった。なんともばつが悪そうに、スモーカーは後ろ頭を掻く。
次いで、先程の大声より随分音量を落とした、努めて優しい声で。


「…とりあえず、もう少し中に入ったらどうだ…? そこだとその…危ねェから…」

「……はい…」

「……」


ななしはそう小さく言って、観念したような顔で交番の中へ足を踏み入れる。
それを待って、ゆっくりと訊ねてみた。


「…その…なんだ。その格好で来たって事は、“何か”があるんだろ?」

「あの…、その…」

「……」

「…と、トリックオア…トリート……です…」


消え入りそうなななしのその“言葉”に、スモーカーは小さく「あァ」と返事をする。ようやく、彼女の“用件”を聞き出せた。


「…す、すみません急に。“こんな格好”で押しかけて…」

「そうだな。確かに君にしては、随分思い切った格好だ」


やや苦笑交じりにそう言えば、ななしは真っ赤な顔をして「うっ」と言葉を詰まらせる。黒いワンピースに三角耳のカチューシャ、スカートから覗く尻尾…。いわゆる“黒猫”の仮装であろうことは、耳と尻尾ですぐに分かる。
制服以外の格好を見ることがあまりなかったスモーカーには、目の前の仮装は、やはり非現実的だ。しかし同時に、不思議ととても魅力的にも見えた。


「だがまあ…悪くないんじゃないか?」

「……え…?」

「たまには、そういう可愛い格好も…」

「!!?」


何故だか無意識に、そんな言葉が口から滑り落ちていた。
今、自分が一体“何を”口走ったのか…。我に返ったスモーカーは、はっとしてななしの方を見る。
再び羞恥に身を震わせるななしは、スカートをきゅっと握りしめてスモーカーの方を見上げている。口をきゅっと結んで今すぐにでも泣いて逃げ帰りそうな、潤んだ瞳に真っ赤な顔で。

…まずい。変な奴だと思われた…。


「…そ、そうだ、さっきの返事だが…っ」


スモーカーは慌てて話の急ハンドルを切って、無理矢理に方向転換を図る。我ながらあからさま過ぎるとも思えるが、この場合は仕方ない。交番から女の子が泣きながら飛び出してきた……いや、“スモーカーが女の子を泣かせた”と言う、誤解を生みやすく尾ひれも付きそうな展開だけは、避けなくてはならないのだ。

そんなスモーカーの内心を察して…るわけではないと思うが、運良くななしの気が逸れて、無事こちらの話に乗ってくれた。


「…返事?」

「あァ。これで良いか?」


机の下に置いてあった紙袋を掴んで、ななしへと手渡す。中を覗き…込まなくても分かるくらい、紙袋から和洋色んなお菓子が覗いていた。
受け取ったななしは、わぁっと驚いた顔をしたのち、少し恐縮したように視線を上げる。


「お菓子がこんなにたくさん…っ。良いんですか?」

「ほとんど貰い物だ。おれだけじゃ食い切れねェからな…、良けりゃ貰ってくれ」

「ありがとうございます!!」

「…喜んでもらえて何よりだ」


まるで子供のように笑うななしに、つられてふと口角が上がる。
ななしとは、スモーカーがこの交番に勤務し始めた頃からの顔見知りだ。最初こそ怖がられていた気がするが、気付けばすっかり懐かれていた気がする。そうして通学路の関係上、毎日のように顔を合わせるようになり、彼はななしの成長を見守ってきた。
まるで歳の離れた妹を見ているような、そんな気持ちで。


「……」

「…? どうか…しましたか?」


黙ったままの視線を不思議に思ってか、ななしが声をかける。それに対して咥えた葉巻の煙と一緒に、小さく“魔法の言葉”を吐いた。


「…トリックオアトリート」

「え…あの…」

「周到なななし君のことだ。何かしら“準備”してるんだろ?」

「はい…あの……い、一応は」

「だったら、それをおれに渡してくれ」


そう提案すると、ななしは顔を曇らせて「でも…」と言葉を濁らせる。


「でも…こんなにたくさん貰ったあとじゃ…」

「なに、構わねェよ」


そもそも、渡した菓子のほとんどは貰い物なのだ。量は多いが、それらすべてをスモーカーが用意したわけじゃない。数的には、おんなじだ。


「……じゃあ……はい、どうぞ…」


最初こそ出すのを渋っていたななしだったが、その内に小さく息を一回吐いて。そうしてもう一歩前に出て、手にした小さな紙袋をこちらへと差し出した。


「ハッピーハロウィン! ……です。スモーカーさん!」


そう言って屈託なく笑う少女の顔が、スモーカーには眩しく、とても愛おしく見えた。



狼まで、あと54日。



おしまい
Title:確かに恋だった 様




§あとがき§

ハッピーハロウィーン!! その4!!
というわけで、サイトの立ち上げから初となります『ハロウィン企画』第4回目となります!
僅少な引き出ししか持ってない管理人が“アミダクジ”に頼り、
ヒロインの“性格”や“仮装の格好”、“現代パロか否か”、さらには“掲載の順番”までもを、すべてアミダ様の言うとおりにさせて頂いている単独企画です。

四番手となりました【スモーカー】は、『恥ずかしがり屋』の少女で『黒猫』の『現パロ』となりました。現パロということで、海軍ではなく“町の駐在さん”なスモーカーさんになっています。

…まさか、葉巻組が二人とも現パロになるとは…。高校、大学くらいのクロコダイルとは違って、こちらは30代の大人になっています。イメージ的には“ローグタウン”のスモーカーさんです。初期の初期。ズボンがアイス食べちゃった辺りをイメージしています。
葉巻もちゃっかり愛飲してて、本来ならお巡りさんだしダメなんですが…。やっぱり彼から葉巻取っちゃうのもなぁ…と思い、強行させていただきました。でも一回しか葉巻のくだり無いですね…申し訳ない。

おまけに書くのが初めてだったので、所々で危うい喋り方をしている気がしています。
も、申し訳ありません。初期から好きなキャラなのに喋り方が一向に染みついていないだなんて…。すみません…まだまだ勉強します。


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世

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