狼まで、あと何秒?

□ミホークの場合
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「トリックオアトリート!!! ミホーク、お菓子ちょうだい! とびっきり大きなやつを、とにかくたくさん!!」


不気味な洋館にやって来た黒いローブにとんがり帽子をかぶった魔女…ななしは、家主と顔を合わせるなり元気よくそんな言葉を口にした。それに対し館の主…ミホークは、本を読んでいた手を止めて何とも冷めたような視線を向け、答えを返す。


「何かと思えば…。口を開けば食い物のことしか言わんのか、ななし」

「当たり前でしょ! 衣食住は生きていく上で大事なことよ!」

「貴様の場合は『食』が大部分のような気がするが」

「…あ、当たり前でしょ。美味しい物をお腹いっぱい食べることこそ、私の幸せなんだから!」


やや言葉を濁らせつつ、ななしは口を尖らせる。
『食は人生を豊かにする』というのが、彼女の持論だ。ミホークの言った事は多少失礼ではあるが、まあ…間違ってはない。
ミホークは読んでいた本を机に置きながら、


「大体、貴様自分で“出せる”ではないか」

「そりゃあ出せるわよ。山のように大きなケーキも、クッションみたいなマシュマロも、チョコレートの滝にキャンディの雨だって」

「ならば、何故おれに言う」

「でもね。“人から貰ったお菓子”は、自分で出すより、すっごく価値があって美味しいの!」

「……」


実際、ななしは“何でも”出せる。それが彼女の魔法…“悪魔の実の能力”だ。勿論ホウキで空も飛べるし、その気になれば動物や他人に成ることだって出来る。
だがななしはそれらを使用せず、“お菓子を出す”事にだけ特化して能力を使っていた。…まあ、空を飛ぶくらいは便利なので使いはするが…。それ以外の“魔法”と呼べるものは、正直あまり使ったことが無い。

ミホーク曰く「宝の持ち腐れ」だそうだ。…ほっとけ。


「だから、トリックオアトリート! …いや、むしろ“スイーツオアトリート”…“お菓子かお菓子”よ、ミホーク!!」

「…もはや原型が解らぬな」

「いいじゃない別に。…あ、もしかして用意してないの? ミホークともあろう大剣豪が!?」

「それは関係なかろう」


ミホークはふらりと色んな町に行っては、色んなお菓子をななしにくれる。だから今日も、きっとさぞかし素敵で美味しいお菓子をくれるに違いないと思っていたのだが…。
なかなかそんな素振りを見せないミホークに、ななしははっとして後ずさった。
こちらを見上げるミホークは、軽いため息ののち。


「誰も用意してないとは言っていない」


ぽつりと、そう言葉を吐いた。


「え、本当!!? やった! さすがミホーク!!」

「ただ…持ち出すには骨が折れるから、“おれの部屋”に置いてきた。…取りに来るか?」

「うん。行く行く!!!」


ほぼ即答に近く、ななしは二つ返事で快諾する。にっこにっこと上機嫌なななしにミホークは呆れ気味に、


「普段人が誘った時は来ぬくせに…、食が絡むと腰が軽いな」


などと言っている。…当たり前だ。誰が何の見返りもなく、獣の寝床へ行くもんか。
ミホークの言う「普段」は直球であからさま過ぎて、流石のななしだって警戒する。今回は、菓子があると言うので行くだけだ。…まあ若干の不安感は拭えないが、万が一の時は魔法を使って逃げられるだろうし……きっと大丈夫だろう。


「……では、おれからも一つ」


ななしが逃走用の魔法を思い出していると、いつの間にか立ち上がっていたミホークが、何やら提案してきた。


「ん? 何?」

「トリックオアトリート、だ」

「!!? ミホークにもその単語を言わせるなんて…」

「……なんだ」

「ハロウィンの“魔法”って怖いわね…!」


あのお固い大剣豪の口から、そんな言葉が飛び出すなんて思いもしなかった。ななしは再びはっとして、改めてハロウィンというイベントの偉大さと凄さを思い知る。
と同時に、人のことをとやかく言ったくせに、やっぱりミホークもお菓子が欲しいんじゃないか。子供みたいに…! とにやにやした。


「良いわよ! とびっきりのお菓子を今から出してあげる…!」


そう言って、ななしは立てた人差し指を天に掲げる。
指の先から光が溢れだし、キラキラと輝き始めた、その時だ。


「ななし。その前に“これ”をやろう」


まるで割り込むように、ミホークがそんな言葉を吐いて。かと思えば、ななしが掲げていた手とは逆の手をさっと取った。
急に握られた手にななしが違和感を持つより早く、掲げた指先から光が消えていく。
次いで、まるで糸の切れた操り人形のように、ななしが膝から崩れ落ちた。


「な…に……力が……」

「……」


握られていた手に視線を落とせば、小指にリング状の“何か”がはめ込まれている。…恐らく、違和感の正体はこれだ。

どんなに頑張っても、全身に力が入らない。おまけに、身体も重くて言う事を聞かない。…こんな感覚…どこかで…。


「ミホーク…何を…」

「ふむ。流石は“海楼石の指輪”だ」


力なくななしが見上げた先で、口ひげを生やした黒髪の男は淡々ととんでもない単語を口にした。


「海楼…石…?」

「そうだ。先日とあるところから、くすね……借りてきた。おれには効力はよく解らぬが…。見る限り、成果は上々らしいな」

「…なんて物を…、あとで偉い人に…怒られ…なさい…!」


息も絶え絶えと言った様子で、ななしはミホークをじとりと睨み上げる。だが特に怯みも悪びれた様子もなく、むしろミホークは口の端に笑みを乗せた。まるでこちらの精一杯の強がりが見透かされているようで、何とも腹立たしくも悔しい気持だ。


「……さて」


そうしてななしの中に、じわじわと焦燥感と危機感が湧き上がってきた。嘘であってほしいその胸騒ぎを、見下ろしたミホークが容赦なく決定的な物へと変えていく。


「トリックオアトリートだ、ななし。早く菓子をよこせ」

「そんな…の、“今”用意出来る訳…っ」

「そうか。“渡す菓子は無い”……か」


だめだ……このままじゃ…。


「あるわよ…! この指輪を取ってくれたら、すぐにでも…」

「そうかそうか、菓子が無いのか」

「ちょっと! 人の話聞いてる…!?」


まったくこちらの話に耳を貸そうとしないミホークに、ななしはいよいよ身の危険を感じてじりじりと後ずさりをする。だが普段の力のほとんどを出せていないななしの後ずさりなど、ごくわずかだ。ミホークの一歩にも及ばない。
案の定すぐに距離を詰めたミホークはしゃがむと、ななしと目線を同じにして突如として抱きついた。


「それにしても随分と辛そうだな、ななし。運んでやろう」


…いや、正確にはななしを抱えて立ち上がった。膝裏と背中に腕をまわした、いわゆる“お姫様だっこ”というやつだ。…しかしこんな状況で、よりにもよって元凶の男にされても嬉しい気持ちが微塵も湧いてこないのだが。
おまけにさっさと歩きだして、その場を後にしてしまう。


「ちょっ…ちょっと、どこへ…行く気…!!?」


頭の中で鳴らされる警鐘に従って、ななしはそう声を出した。本来なら暴れてやりたいところだが、生憎と手足が思うように動いてくれない。
気だるげに、しかし慌てた様子のななしに、ミホークは至極当然と言いたげな顔で。


「“おれの部屋”ではないのか? 菓子を取りに来るのだろう?」

「…そ…そりゃあ…取りには…行くけど…」


確かに、部屋には行く用事はある。だが、“今この状態で”はごめんだ。
部屋にあるという菓子には興味も食欲もあるが、このままでは腹を空かせた獣の檻に、無策に飛び込むようなものだった。…いや、今は生餌として運ばれている状態か…。


「ならば、問題はない」

「だったら…その前に、コレ…外してよ…」


“海楼石”がはめてある方の手を、精一杯ななしは持ち上げる。その方へと視線を向けたミホークは、しかし瞬時に「それは断る」と無情にもななしの申し出を蹴った。


「外せば、貴様は菓子を山ほど出して逃げるだろう。それでは“イタズラ”が出来ん」


そうしてなんとも涼しい顔で、決定的な言葉を口にする。


「……ついに本性を…現したな…!」

「どうだかな。隠したつもりはないが」

「…そうだった。いつでも出てたわね…っ」


やはりというか“あからさま”だったミホークに、ななしは自分の考えの甘さを呪った。まさか海楼石まで持ち出すなんて思いもしなかったから、今回は不意打ちとも言えるが…とにかく。


「…まさか…お菓子があるって…嘘だったんじゃ…」

「否、それはある。安心しろ」

「…安心できる要素…が…全然…無いわ…」


実在したらしいお菓子は、健全な状態では飛び跳ねて喜ぶべきところだ。しかし今は、ただ“ななしを釣る餌”だったとしか思えずにいる。いや、きっとそうだ。そうに違いない。

ミホークめ…この指輪外してもらったら…覚えておきなさいよ! ありとあらゆる魔法を使って…そりゃあもうギッタギタにしてやるんだから…!!

息も荒くミホークの腕の中で恨み節を言い始めたななしに、


「菓子もイタズラも、どちらもくれてやろう」


好きなだけ、たんと味わうといい。


そんな不穏な言葉を、ミホークはにたりと妖しく吐いた。



狼まで、あと60秒。



おしまい
Title:確かに恋だった 様



§あとがき§

ハッピーハロウィーン!! その5!!
というわけで、サイトの立ち上げから初となります『ハロウィン企画』第5回目となります!
猫の額ほどの引き出ししかない管理人が“アミダクジ”に頼り、
ヒロインの“性格”や“仮装の格好”、“現代パロか否か”、さらには“掲載の順番”までもを、すべてアミダ様の言うとおりにさせて頂いている単独企画です。

五番手となりました【ミホーク】は、『花より団子』な少女で『魔女』となりました。非現パロなので、大海賊世界の大剣豪ミホークになっています。たぶん2年前のミホーク。
最初は魔女っ子の仮装でイメージしましたが、しかし性格が「色気より食い気」なので、いっそ魔法が使える能力にしよう!と能力者扱いにしました。実の名前も考えてみましたが…ネットで検索かけたらそれらしい能力があったため、あえて名前は出さないでおきます。既出であったらすいません。

そして問題のミホークですが…だだだ大丈夫でしょうか…。
元々個人的なイメージでは“静かにモーション掛けるタイプ”だったんですが、先日他サイト様で恐ろしく色気のある鷹夢を読んでちょっとだけイメージが変わり、少しだけあからさまにモーション掛けるミホークになりました。…ん、あれ? 変わってない?
す、少しでも色気が出せるようにがんばります…。


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世

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