狼まで、あと何秒?

□ローの場合
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それは、ローが一度部屋に戻ろうと扉を半分ほど開けた時だった。


「あ! ちょっと、ロー船長!!」

「…ななし…?」


廊下を勢いよく曲がってきた“白衣のナース”が、こちらの姿を見つけて猛然と走ってくるのが見える。その表情はいつになく真剣そうで、ローは不思議に思って口を開きかけた。


「何をそんなに慌て……」


だが訊ねきる前に、あっという間に距離を詰めたナースが半開きの扉を押し開けて。そのままローの残りの言葉ごと、二人一緒に部屋へと押し入った。
当然その一連の流れに、ローが不服を申し立てる。


「おい! 一体…」

「…今すぐに私を匿って…!!」


後ろ手で扉を閉めたナース服の女…ななしは、頼んでいるのにどこか上からの物言いでそんな事を言う。走って来た勢いもあってやや息は切れているが、それを除いても声に焦りの色が混じっていた。
彼女が“何か”に焦っているのは、声からも十分読み取れる。普通ならここで「分かった」と了承するところなのだが…。


「……答える前に連れ込むんじゃねェよ」


二度も言葉を遮られ、少々むっとした様子でローはそう言った。
有無を言わさず部屋に入ってくる姿勢が、なんだか気に入らない。あと、その上からの言い方も。いくらそれが彼女の“地”だとしても、せめて理由くらいはあって然るべきだ。
呆れ半分にローが言えば、呼吸の治まってきたななしは目つきを鋭く目の前の船長を睨み上げる。


「つ、連れ込むだなんて、そんな誤解のある言い方っ!!」

「第一、ここは“おれの船”だ。説明しろ。敵か?」


低く、静かにローはそう訊ねる。
今この船は、海上へ短時間の浮上中だ。もしななしの“焦り”が敵襲なら、船長として排除しなければならない。そう言った報告はまだ受けていないが、万が一ということもある。
ローの問いに一瞬はっと息をのんだななしは、軽く俯いて「…違う」とだけ言った。……違う?


「だったら何…」

コンコン…ッ

「!!?」


再び疑問を口にしかけたローを遮るように、扉のノック音が割り込んだ。今度は二人ともが驚いた様子で、扉の方を注視する。
扉の前に立っていたななしは一拍置いたのち、隙ありと言わんばかりにするりとローの脇を抜けた。さらに部屋の奥へと入っていくと、ベッド脇にある棚の影に素早く隠れる。

そうしてローの方を見上げ、口パクに近い音量で口元に人差し指を一本立てた。


「…わ、私がいるってことは…言わないで…」

「……」


まったく、どこまでも自分勝手な物言いを…。

ため息もそこそこに、ローはドアノブに手をかける。念の為の敵襲に備えて身構えつつ、ゆっくり少しだけドアを開けた。

身体半分が入るか入らないかの隙間から覗いた廊下には、男が一人立っている。
白いつなぎを着て、茶色い髪にサングラスをかけた、この船の乗組員…シャチだった。


「…どうした」

「あ! なあ船長、ななし見てねぇ?」

「いや…」

「うーん。そっか…」

「……」


反射的に答えてしまった船長の嘘を鵜呑みにして、シャチは「うぅぅん」と唸った。後ろ頭を掻きながら、ななしが走っていったと思われる廊下の先を眺めている。


「こっちに走っていくのが見えたし、ななしの事だから絶対船長の部屋に逃げたなって思ったんだけどなあ…」

「…来ていない」


シャチの顔は「アテが外れた」と言うような表情をしていたが、実際は外れてなんかない。ななしは今この部屋にいて、部屋の隅で息を殺している最中だ。
彼の判断は正しかった。ただ眼前に立つ船長のポーカーフェイスに、惑わされているだけで。


「じゃあ他の部屋…か…」

「何かあったのか?」

「いや、別に。ちょーっとイタズラ…いや、“制裁”を…」


そこまで言いかけて、シャチは「ありがと、船長!」とにぃっと子供じみた笑みを見せた。かと思えばすっかり騙された様子の顔で、廊下の先へと走っていく。
ローはシャチが角を曲がって見えなくなったのを確認してから、静かに身を引いて扉を閉めた。


「……」


…今の会話から察するに、どうやらななしはシャチから逃げているようだ。

気配を消している棚の影の方へ振り返ると、危機を脱したかと窺い覗くななしと目があった。少しびくついているその視線に、疑問の声を出す。


「…お前…何かやらかしたのか…?」

「ばっ、馬鹿言わないで! 何も…してないわよ」

「その反応は、“何かしてる”って言ってるぞ」

「…それは…」


明らかに言い淀むななしに、答えを少し見た気がした。だがななしはそれ以上を言うのを躊躇って、再び黙りこもうとする。
仕方なくローはため息を一つ吐いて、再びドアノブに手をかけた。


「言わねェなら、おれはそれでも構わねェ」


相手に喋らせる、悪魔の呪文を吐きながら。


「シャチに教えるまでだ。おい、シャチ…」


走り去ったシャチを呼ぼうと、ドアを開けようとする。
その声にななしは慌てて立ち上がると、目論見通り狼狽した声を出して自白を始めた。


「い、言わないでって言ったでしょ! 分かったわよ…、言うから…」

「……」

「…足りなかったの」

「……は?」

「“ハロウィンのお菓子が足りなかった”の!!」


俯きながら意を決したように言ったななしには、きっと見えていないだろう。今一瞬だけローが間抜けな顔をして、ぽかんと呆けてしまったのを。


「確かに…ちゃんと人数分買ったはずなのに…。食堂でいざ配ろうとしたら、一つ足りなくて…」

「…で、その“足りない一つ”ってのが…」

「シャチの分…だったの…」


確かに、今朝からなんだか浮足立つと言うか、どこかそわそわした空気が船内に流れていると思った。ななしの説明を聞きながら、ローは「そう言えば今日はハロウィンだったな」と内心で手を打つ。
多少は疑問に思っていたものの、船員とほとんど会わなかったため分からなかった。今思えば、その頃は食堂で配給があったらしい。
ななしにしては珍しい失敗だ。あまり多くないこの船の乗組員の数を間違えるなど、恐らく有り得ないだろう。
…ローの見立てでは、気付いた誰かが黙って食べた確率が…8割5分。

と、そこまで説明を聞いていたローの視界に、ふと小さな包み紙が見えた。ななしが持っているそれは、見間違いでなければ恐らく“菓子”の入っている紙だ。


「…だが、お前は今一つ持ってるように見える。それを渡せば…」

「これは…っ。船長の分に決まってるでしょ!」


すぐに言わんとすることに気付いたななしは、何故か怒ったような口調でまたローの言葉を遮る。ローは、この船の船長だ。一番上の人間に菓子を残しておくのは、何も不思議なことじゃない。
だが、“あの”状況で菓子を出し惜しみする必要が…果たしてあるのだろうか。
さっさと渡してしまえば今までの“鬼ごっこ”も、することはなかっただろうに…。


「……」

「…な、なによ…」

「お前は…変なところで強情と言うか…頑固だな」

「なっ」

「それをシャチに渡せ。“制裁”の権利は、おれが貰う」


言いながら近寄ると、持っていた菓子をななしの手からあっさり奪った。


「…ちょっと…!」


盗られたことに気付いたななしがすぐに慌てて声を出すが、気にせずそのまま包み紙を棚の方へと投げる。
それを拾おうと手を伸ばしたななしの手を阻止する様に掴んで、


「トリックオアトリートだ、ななし」


見上げてきた驚きを含んだ瞳に、そんな“魔法の言葉”を投げかけた。


「…人からお菓子を取り上げといて、言うセリフ?」

「アレはシャチのだろ。おれのじゃない」

「……船長の方が、強情じゃない」

「さァな」


じとりと睨み上げるななしに、にやりと口の端をつり上げてローは言った。「シャチに渡せ」と言った時点で、既にローは菓子の受け取りを拒んでいる。たとえ今渡されても、もう受け取る気はさらさらない。


「…ロー船長。私からも、トリックオアトリート」

「悪いな。生憎と渡せる菓子は持ってねェんだ」


いつの間にか頬を朱色にしたななしは、ローのその返答を聞いて強気に笑ってみせた。


「じゃあ私も…“制裁”…してあげる」

「そこは、“菓子をくれなきゃお注射します”じゃねェのか?」


なんの為のナース服なんだ。もっと捻った言い方しろよ。

そんな事をすっとぼけてローが言えば、すっかり真っ赤な顔をしたななしが「う、うるさいっ!!」と言った。



狼まで、あと0秒。



おしまい
Title:確かに恋だった 様



§あとがき§

ハッピーハロウィーン!! その6!!
というわけで、サイトの立ち上げから初となります『ハロウィン企画』第6回目となります!
虫食いの引き出しを持つ管理人が“アミダクジ”に頼り、
ヒロインの“性格”や“仮装の格好”、“現代パロか否か”、さらには“掲載の順番”までもを、すべてアミダ様の言うとおりにさせて頂いている単独企画です。

六番手となりました【ロー】は、『ツンデレ』な『ナース』になりました。非現パロなので、ポーラータング号で航海しているハートの海賊団になります。
アミダクジでは「血塗れナース」だったので、最初血のりを付ける工作をしていたら血のりが暴発してクルー共々真っ赤になるとか…そんなネタも考えてたんですが…。
広がりが微妙そうだったのと、一人分の血のりはそんな暴発するくらいたくさん作らない、とネットで見て、諦めて「ただのナース服」にして路線を変更しました。
結果はまあ…ご覧のとおりでございます…はい。ローがお医者さんなので似合ってそうと思ってはみましたが、絶妙に上手く活かせてない感じが凄くしてます。…知ってた。

ローも勿論ですが旗揚げ組も好きなので、また別の機会にみんな出せたら良いなと思っています。…例えばれ、連載…とか…っ。その時も、どうか温かい目でご覧下さい…!


一読、有難うございました。
また次で、お逢いできますことを。

霞世

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